DBトップ > 情報DB >

山本富士子: 情報/プロフィール

総合情報/プロフィール関連作品&統計ファン登録(無)
(登録)
ファン掲示板
(投稿)
ブログ(一括)
画像/壁紙商品(一括)
(Bray/DVD)
直近発売のBray/DVD: 2008/11/21 ():女経 [DVD] \4,725
Bray/DVD(31件)
売上/新着
VHS(25件)
売上/新着
本/漫画(3件)
売上/新着
6121
瘋癲老人日記 [DVD]

参考:\4,725
2008/07/04
()

1.エロスの大洪水
9283
釈迦 [DVD]

参考:\4,725
2006/01/27
()

1.撮影技術に圧倒!
14255
夜の蝶 [DVD]

参考:\4,725
2007/04/27
()

1.夜の三部作の2作目
19708
大江山酒天童子 [DVD]

参考:\4,725
2006/01/27
()

1.意外と知られていない、埋もれた名作
23278
大菩薩峠 DVD-BOX

参考:\15,750
2004/09/24
()

1.鬼気迫る
33382
その夜は忘れない [DVD]

参考:\4,725
2007/03/23
()

1.消えない日本の傷
35536
忠臣蔵 [DVD]

参考:\4,935
2004/12/10
()

1.古すぎるが
36014
続・丹下左膳 [DVD] COS-033

参考:\1,000
2007/11/20
()

1.情景設定がいいですね
26
ビデオ:黒い十人の女 [VHS]
参考:\3,990
1998/07/24
()

1.本妻と妾と一人の男
108547
単行本:シネアスト 市川崑 (キネ旬ムック シネアスト)

参考:\2,100
2008/06/04
()

1.黒澤本はいっぱいあるけど市川本ってあんまりないんだよなぁ

読み仮名(平仮名)やまもとふじこ
英語名FUJIKO YAMAMOTO
生年月日1931/12/11
出生国日本
出身都道府県大阪府
出身地和泉市
性別
職業俳優
経歴/説明天下の美女と謳われ、昭和時代の美人の代名詞であった。その象徴的な名前である山本富士子は本名。愛称はお富士さん。

少女時代、花柳禄寿門下の花柳禄之助について日本舞踊を習う。大阪府立泉大津高等学校→京都府立第一高女(現・京都府立鴨沂高等学校)卒業。1950年、700人近い応募者の中から見事、第1回ミス日本の栄冠に輝く。その類稀な美貌は審査員達の間でも話題の的で、ミス日本選定は満場一致で短時間で終了したという逸話が残っている。この第1回ミス日本コンテストは終戦から間もない当時の日本の明るい話題だった。審査や授賞式の模様を伝えたニュースフィルム(モノクロ)が現存している。同年、ミス日本として公式訪米し、アメリカでもその美貌が話題になった。ミス日本に選ばれた後、映画界からスカウトが相次ぐが彼女には女優になる意思はなかった。しかし、悩んだ末、姉・喜代子の「これからの女性は仕事を持つことよ」という言葉に女優になる決心をする。ちなみに、その喜代子も薬剤師の仕事に就き、富士子と同じく家庭を持った後も仕事を続けた。

1953年、映画会社各社の争奪戦の末、大映に入社。契約内容は「1本あたりのギャラはスライド制で1年目が10万円、2年目が20万円、3年目が30万円と安いかわりに3年たったら自由契約」であったが、3年後の自由契約の約束は守られなかった。同年、映画「花の講道館」で長谷川一夫の相手役としてデビュー。戦後ミスコン出身女優第1号と言われている。

1954年に「金色夜叉」(島耕二監督、根上淳共演)、1955年には「婦系図 湯島の白梅」(衣笠貞之助監督、鶴田浩二共演)と後世に語り継がれる映画のヒロインとして活躍。1956年の映画「夜の河」(吉村公三郎監督、上原謙共演)が大ヒットし、美人というだけでなく演技者としても高い評価を受けるようになる。以後も大映の看板女優として大活躍し、日本を代表する女優となる。

1963年1月、大映との契約更改を月末に控え、前年と同じ条件の「年に大映2本、他社2本出演」の契約を主張したが受け入れられず、1月末の契約切れを待ってフリーを主張。大映の社長・永田雅一は烈火の如く怒り、彼女を解雇し五社協定にかけると脅した。それに対し山本はフリー宣言をし、同年2月28日、帝国ホテルでの記者会見で「そんなことで映画に出られなくなっても仕方ありません。自分の立場は自分で守ります。その方が生きがいがあるし、人間的であると思います。」と語り、永田社長に詫びを入れろとの周囲の声に耳を貸さなかった。それに対し永田は彼女を一方的に解雇し、五社協定を使って他社や独立プロの映画や舞台にも出演できなくした。この事は当時の国会でも取り上げられ、世間でも「人権蹂躙」と非難の声が上がった。看板女優の彼女を失った大映の映画館は空席が目立つようになり、大映倒産そして日本映画界全体の斜陽化の遠因となった。この後、彼女はテレビドラマに活路を求め、「山本富士子アワー」などに主演して好評を博した後、舞台に新境地を開き、現在まで舞台一筋で主演を続けている。

尚、五社協定から44年が経過した2007年の今も映画界には復帰していない。

2002年12月、日本経済新聞で「私の履歴書」を連載。

1962年、作曲家の山本丈晴氏(旧姓・古屋)と結婚。一男あり。

(Wikipediaより引用)
作成者 [編集履歴]宇宙刑事ジャンギャバン
最終変更者/日時宇宙刑事ジャンギャバン / 2008/01/17
←階位が3000位以内の方に編集権限有り (階位とは?)

総合情報/プロフィール関連作品&統計ファン登録(無)
(登録)
ファン掲示板
(投稿)
ブログ(一括)
画像/壁紙商品(一括)
(Bray/DVD)

リスト切換: 全分野/ アニメ/ ゲーム/ 漫画/ 小説/ ドラマ/ 特撮/ 日本映画/ 海外映画
評価新着順 総合点順[全期間/2009年/2008年/2007年以前] 平均点順/注目度順/8日間閲覧数