| 経歴/説明 | 1986年7月11日に倒産した土田プロダクションのプロデューサーであった茂垣弘道をはじめとする同プロダクション在籍スタッフの一部が退社し同年1月に独立。作画・演出の下請け制作会社として「有限会社スタジオコメット」を設立した。「スタジオコメット」という社名は、設立年の1986年が地球にハレー彗星が接近した年だったことに由来する。『ハイスクール!奇面組』の制作を土田プロダクションから引き継ぎ、以降日本アドシステムズ(NAS)製作のテレビアニメ作品を多く手がけた。1994年、株式会社に改組。1999年にデジタル制作へ移行し、2002年に愛知県豊橋市に豊橋スタジオを設置した。アサツー ディ・ケイ、NASのプロデューサーであった片岡義朗との関係からマーベラスエンターテイメント製作の作品も請け負っている。2000年代前半には、『スクールランブル』、『おねがいマイメロディ』等ヒット作にも恵まれ、ジャンルを選ばず制作キャパシティを拡大した。
制作アニメの声優のキャスティングは1990年代までは青二プロダクションが協力していたが、2000年代に入るとネルケプランニングが協力しているものが多い。
(Wikipediaより引用) |