=>古記事 その他最近のコメント 1. 2011/06/15 「雑感 > 最高にブヒれるな!ブヒイイイイ」 [この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]豚は屠殺所へ行け ut さんのコメント (2011/06/16) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)] 礼には及ばないですよー 非論客 プロバイダ: 10565 ホスト:10247 ブラウザ: 6402 今は食肉処理場・ミートセンターといいます。 ブタさん、美味しいお肉をありがとう。 ut さんのコメント (2011/06/15) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)] (^q^) ねぶそくのタカ さんのコメント (2011/06/15) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)] 三┏( ^o^)┛ →屠殺所 |
2. 2011/03/15 「雑感 > 私のためにあなたが死ぬことは当然である。」 [この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]拍手:15個あるのが当たり前。 その当たり前を維持するのに費やしている努力は評価されることはない。 当たり前を維持できなくなったときは非難される。 それでも、自分の使命を果たす覚悟はあるか。
ツイッターでみた電力会社への就職を志望する学生が聞いたという言葉である。
今日の福島原発事故。 この現実を前にこの一文が連ねられるという事が頭をよぎる。
たとえ死んでも自分の使命を果たす覚悟はあるか。
今、原発にいる方達は私たちのために死ぬかもれない。一生引きずる障害を背負わなければならないかもしれない。そんな場所で必死に戦ってくれている。 それを当然だと思ってないだろうか。自分で作ったものの後始末をするために彼らが死ぬかもしれない場所にいることは当然であると。
作ったのは私たちの便利のため。国の将来のため。限られた選択の中、ベストの行動を行ったにもかかわらず起こった災害。そして、その中心で戦っているのは私たちのために働いてくれていた人である。私たちは今、彼らに私のために死ねといっているに等しい。
そんな中、被害を広げないよう戦ってくれていることを忘れてはならない。
どうか無事に帰ってきてください。 3. 2010/10/10 「雑感 > コピーにモラルなし」 [この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]拍手:1個会社でDVDソフトの話題が出たときに
「コピーして」
という話が当たり前に出た。 なかなかショッキングに感じたのだが、私もソフトを買うのが制作者に対する感謝とパトロン的思考を動機の一つとするまでコピーはありがたいものだと思っていたことを思い出した。
今でも動画サイトでコピーの動画をありがたがったりしてしまう。
友人の間でのコピーの受け渡しは貸し借りの代行という側面が強いのだけど、こういうことをやっていればネット上にばらまかれた著作物のコピーを無料で入手するのは当たり前という思考になるのも当然だろう。
データが価値の本質であるにも関わらず、感覚的にはデータのはいった入れ物に価値があると感じている。だからデータを複製しても入れ物に全く損害がないから罪を感じない。 というより、それが罪だという文化がないんだよな。 CDを盗むのは悪い事だけど中に入っている曲をコピーするのは問題ない。そう感じる。
コピー文化にモラルなし。 情けない話だが私自身も線引きが曖昧だし流されやすい。 企業や国はデジタルデータの著作物に関してもっと管理を強めてくれなくては困る。ちょっと個人では律せそうにない。 4. 2010/10/06 同日2番目 「雑感 > 嗜好の広さは大人の特権」 [この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]大人になって何が変わったか。
なんて話をすれば間違いなく楽しいと思うことが増えた。 この話題を出す。 ま、そんなことなかなか話さないけど。
端的に言うと、おいしいって感じる食べ物が増えた。 子供の頃はわさびとか、和からしなんて食べ物につけるというのが信じられなかったし、ウニや牡蠣なんて海の幸では最高にまずい部類だった。
でも今はわさびは魚介類や蕎麦を食べるのに欠かせないし、ウニも牡蠣も食べたくなる。
酒を飲みはじめた頃はビールなんてまずくって、ワインも渋いし、臭いし。日本酒もなんだかなあって感じでウイスキーや焼酎なんて人間の飲み物ではないと感じていたけど今じゃビールもワインも日本酒もうまい。焼酎もたしなめるしウイスキーも最近ハイボールで癖をおいしいと感じるようになってきた。
気がつけば良さが分かるようになっている。
多分歳をとる楽しさってそういう事じゃないかな。 なんて思ったりする。 5. 2010/09/08 同日4番目 「雑感 > お歯黒復活希望」 [この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]但し結婚するまでに限る。
正直な話、アプローチをかけていい女性とかけてはいけない女性の判別が難しくて困る。
左手の薬指に指輪。
これはわかる。アホでもわかる。 でも、つけたりつけていなかったり。
右手の薬指に指輪だったり。 そもそも指輪というのがどうなのかと言うね。デザインで判別できたりするらしいがよくわかんねえよ。 で、つけててもフェイクだとか、つけてなくて相手はいるだとか。わけわからねえ。
おおう。 結論は挨拶代わりに聞けと言うことか。 ut さんのコメント (2010/09/09) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)] なにその秘密結社のサインみたいなの うらやましい!!
実は自分の周りでもそういうのがあって知らないだけだったりして。
恋人がいることを前提に話をするのは基本のエチケットだがだからといって確認がとれるわけではないわー。
そこら辺が難しい。というかめんどくさい。
とか思っているあたりで程度がしれようと言うものだね。 哭鳴 さんのコメント (2010/09/09) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)] 学生時代、クラスバッヂの向きで「恋人募集中」か「恋人います」を表す的なノリでできて欲しいですね、わかります。 でもいい大人がそんな学生じみたことできないか(笑)どっちだ
まぁ基本的に恋人がいる体で話していくのがいいんでしょうけど。 |
6. 2010/09/08 同日3番目 「雑感 > 三つ子の魂百までともうしますが」 [この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]確かに一番新の部分は幼稚園ぐらいから変わってないような気がする。子供っぽいこだわりとか、一番最初に思いつくこととか。
その後すぐにこれまでの経験で得た情報や考え方がそれを否定するけどね。 7. 2010/09/08 同日2番目 「雑感 > 鬱への個人的雑多な話」 [この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]拍手:1個鬱ってなんだろう。 嫌なことがあったらつらかったり暗かったりする気持ちが酷いってこと? 頑張りすぎてつらくなってくるってこと? いじめにあったり仕事が辛かったりすると鬱になるって言うけど、結婚したり子供が産まれたりしても鬱になるって話を聞く。
とか思っていたけどね。ようやく理解できてきた。 精神疾患として一般的に言われている鬱がどういう状態なのか。何でなるのか。
あくまで「私個人としての」一つの見方であるが。
鬱になる原因は自分が求められていると感じている役とその役をこなすことが出来ないというギャップの重さに耐えきれなくなるという点にあると感じる。 そして重要なのはギャップを自分からは解消することが出来ない、つまりその役を降りることが出来ないという点。
例えば、会社で求められている仕事をこなすことが出来ない。 例えば、立場的に弱音を吐くことが許されない。 例えば、楽しく学校に通っていなければならないのにそれが出来ない。 例えば、家族や友達に心配をかけない自分でなければならないのにそれが出来ない。 etc.etc
本来であれば降りることが出来るはずの役であるはずなのに「自分はこうでなければならない」という強迫観念がそれをさせてくれない。まじめな人ほど鬱になりやすいっていわれているのはこの強迫観念を強く持っているからだろう。
力を付けたり、周りに助けられたりして求められていると感じている役割をこなせるようになれば万事解決。成長するための試練で片づく。 しかし、役を演じられない。でも役をおりることは許されない。自分のプライドが許さない。そんな状態になったとき本格的な鬱へと進行していく。こうなると本当はやりたくない役割を無理矢理演じるためにとても大きなエネルギーを使って逃げたい気持ちを押し込めていく。理由は役を演じられないことを悟られるわけには行かないから。
で、これが限界に近づいていくと感情を表に出さないように無表情になって情緒が不安定になっていく。自分の気持ちではなすことが出来ない。役が強要する気持ちしか出せない。
そして、我慢に我慢を重ねて頑張ってみた結果、これまで押し込めていたネガティブな感情を制御できなくなってようやく周りがはっきりわかるほど情緒や体調に変調を来すようになる。
これが鬱と理解している。
もし、自分が鬱になりそうだと思っているなら自分にその役を演じることは今は出来ないことを認めていい。 出来ないことを認めて誰かの助けを借りること。その役は一人では演じられない。 もしくは逃げていい。出来ないことは恥ではない。これまで努力した分力は確実についている。別のスタート地点に立てば同じ鉄は踏まない。 努力することと無理をすることは違う。無理はせず、努力をする事を考えてみてほしい。
鬱にかかっている人間に頑張れというのは駄目だという話。個人的には半分本当で半分間違いだと思っている。 頑張れという言葉は頑張らなければならない役を強要することに他ならない。今背負っている役を演じるのに精一杯なのにさらに重石を背負せるのは酷な話だ。 しかし、頑張りたいというのも確かに思っている。じゃないと鬱になんてかからないよね。そういう気持ちを支えていっしょにステップアップしていく言葉じゃない、行動のエールを。
そして、なによりも舞台から降りれば役を演じる必要がないということを知っていてもいい。 頑張るなんてクソ食らえ。頭にくれば怒り狂って悪態をつくし、延々とグチる。泣いてもいいし、バカみたいに笑ったり、好きなことに熱中するのもいい。 寝てもいいし、食べてもいい。運動するのもいいしセックスだの、風俗だの、オナニーだの。
やりたいことをやりたいように。 いいたいことをいいたいように。 自分じゃない自分を演じて鬱になるというのなら。 本当の自分を伝えることが出来なくて鬱になるというのなら。 そんな役たまには降りて言いたいこと言ってももいいんじゃない?
とにかく笑おうぜ。 8. 2010/06/27 同日4番目 「雑感 > 好かれたいと思うのなら」 [この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]拍手:3個人に好かれたいと思うのなら自分のことを自分で好きになれなくちゃダメだよ。
努力しなくちゃね。 9. 2010/06/08 同日2番目 「雑感 > 卒業のあとで。」 [この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]地元のよく行った店が幾つか知らない間に暖簾をおろしたという話を聞いた。 それなりに思い出がある。
ま、思いでのあるテナントはすでに移動していたり潰れてしまったりと何年も前から面影はなかったのだがやはり潰れてしまうという話は昔を思い出す話題だった。 そんなわけで遠く離れた旧友、そう旧友という表現を使うのがしっくりくるようになってしまった友人に電話をかけ話をしたのだが。
いつかけてももそこにはかつての時間がある。かつて一緒に過ごした時間が確かに流れているのだ。もう10年、それ以上昔に卒業していった時間。
卒業。そうなのだ。もう自分達は昔のままではない。巡る季節は廻り土地は遠く立場も違う。その時間から卒業してしまった。どうしようもなく離れ、合わさること叶わず、動き出すことはない。 卒業はそんな終わることを想像すらできなかったを全て止めてしまった。
それは寂しいことだけど悪いことばかりでもない。
卒業が時間を止めてしまうのなら。 その時間に帰っていくことができるのだから。 振り返ればかつてはそこにある。
久しぶりの気恥ずかしさを肴に、我が友、我がかつてよ。 さあ さあ
卒業した跡に。
集まろうじゃないか。
なんて事をぼんやり考える。 そんな夜。
彼の子供はもうはっきりと言葉を話すようになったそうだ。 去年ももう遠い。 10. 2010/06/07 同日2番目 「雑感 > 時計はステータス。車もステータス。カード?知らんね。」 [この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]時計を買おうと思う。
父と何件も回って一日がかりで選んだ入社祝いの腕時計を紛失してしまったのを心苦しく思いつつ、どうせ買うならいいモノにしたい。
とおもって4年。
ようやくそのときが来たかなーと思ってロンジン辺りを中心にネットでどんなものがあるかみているのだけど、時計はステータスっていうのが選んでいるとよく分かる。
デザイン、機能、そしてブランドの持つ歴史。
ラグジュアリークラスの時計を身につけるということはこれらに自分を重ねて語るということになる。 いや、なるんだってば。多分。ホントだよ。
卒論を書くに辺りラグジュアリー(高級な嗜好品)商品にかかれた著書を何冊か読んだが、購買者はその商品の持つストーリーにお金を出す。という話は納得できるとここ最近思うようになった。
特に道具がこの側面を強く持つ。 例えば腕時計。例えば車。例えばスポーツ用品。 メーカーの、道具の持つ拘りと機能。フォルム。何に重きを置いて何にこだわっているのか。 嗜好品はそれを如実に表す。だからこそ「ステータス」なんていわれるのだなあ。
ま。分かる人にしか分からないけどね。 とは言え、基本的な部分は押さえておけよ。恥ずかしい。 ってことなんだけどね。
自分のことだが。
カード?ブルジョアは帰れ。 =>古記事
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