=>古記事6. 2009/06/05 エターナル・チルドレン その他最近のコメント 1. 2012/03/14 「無題」 [この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]お久しぶりです。 久々のくせに唐突ですが、本サイトを卒業させていただきます。 その際に伴って、自分の駄文には価値がないと思い、全文を削除させていただくことにしました。 思えば自分は嘘吐きでした。心の中は皆さんの優しさでいっぱいです。 今まで駄文の山を愛想よく読んでいただいて感謝しております。 ありがとうございました。 どうかお元気で。 2. 2009/10/15 「プチ疑似体験」 [この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]拍手:1個「不毛地帯」の第1話を見ました。 「もうTVなんていらないかも。PCがあれば全部回る世の中になったんだろうね」としゃべった舌の根も乾かぬうちにTV欄をチェックしている最近です。 この作品の原作にはあまりいいイメージがありません。実在のモデルの人物を過剰に聖人君子に仕立て上げた、真偽があやふやなままで捏造された美談を見ている気持ちがぬぐえないからです(知らない方は瀬島龍三さんをぐぐってみましょう)。こういった負の歴史としては近すぎて客観的な視点で見づらい題材を使った作品はあまり好みではないのですが、やっぱりぐいぐい見てしまいました。 世間から抜け落ち、苦難に染まった半生から逃れようとしたら、そこもそういった心の古傷を塩水にさらすような世界でしかなかったが、似たような苦難を味わう他人の苦労が頭を離れず、そこから逃げずにもう一回戦うことを決意するという、「レ・ミゼラブル」や「モンテ・クリスト伯」のようなというよりも大人向け燃え漫画のような設定がたまらんです。 期待したとおり、あの濃すぎてそのままでは飲みづらい原液のような山崎豊子さんの原作が適度に薄められて(「大地の子」なんかは原作はもっと残酷描写の嵐…)見やすくなっていているためか、原作よりもスムーズに話を追いやすくなっていて、面白さ自体は上がっていると感じました。 こういう不思議な現象が山崎豊子さんの作品はよくあるみたいです。映像でライトにカットしていくと、確実に水準以上のヒット作が作れてしまう。 ポジション的には小説家というよりも、小池一夫さンみたいな濃い原作者なンじゃないのかとよく思うンですけどね。うン。 これ以降は面倒なので普通に書きます。
ただ、ライバルとかの周りの俳優はちょっと主役に比べると存在感で小粒な印象を与えるかもしれません。昔の仲代達矢さん主演の映画では、確か主人公のライバル商社マンもこれまたスター俳優の田宮二郎さんでした。善悪の対比だけではなく甲乙角付け合うようなしのぎあいの雰囲気もあったので、これからはそのあたりの演技や演出がどうなっていくのかなという興味があります。
それにしても主人公の参謀時代、抑留時代、そして商社時代とも、その判断は情ゆえのものとはいっても周りに対してなし崩しになった行動ばかりですが、それが回りまわって結果オーライっぽくなるように描写されているのには元気が出ます。 そう、きっとそういう行動はただ周りに流されているんじゃなくて、周りに対して気を使えば必ず自分に帰ってくるという教訓を肯定しようとしているんでしょうね。 そう、きっと、たった今自分のPCが壊れたこと、そしてこの文章を衝動買いしたまま何ヶ月もほっておいたネットブックで書いていることも一つの気遣いの回りまわった結果なんでしょう。 この文章を書こうと思ってPCの電源を入れたら画面が写らず、あたふたしてたらまったく用途がないにも関わらず店頭のおねいさんにつられて衝動買いした過去の負の財産に助けられる。 何という皮肉。 プチ不毛地帯な感覚でした。
今度TV機能つきのPCを買おう… 3. 2009/10/13 「演劇、剣劇、時代劇」 [この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]拍手:5個「新・三銃士」を2話まで見ました。
たった2話しか放送していないにも関わらず、三谷幸喜さんらしさが出た脚本でした。 だからこそ言いたいこともそれなりにあるのですが、その点はしっかり話のツボを抑えていて、充分面白かったです。 批判を手なずけうるだけの、娯楽的な基礎体力の高さがあります。 三谷さんの脚本は、少年の成長ものととても相性がいいですね。人見知りで繊細な主人公が少しずつ世界観になじんでいく描写がこなれてます。
演出部分もいいです。「人形劇三国志」から着々と進化しているのが伝わります。胸元に剣を突きつけるシーンのあたりはそれが顕著ですね。その迫力のつけ方に「おおっ」という声が出そうになりました。映像的にどんどん映画っぽくなっています。 こういうこだわりはNHK教育の真骨頂ですね。探究心を絶やさない、オタクの鑑を見るような羨望があります。
今どきでは珍しく王道の、幅広い層に届くようなよい娯楽になっていると思います。 近年のアニメが含んでいるマニア的な濃さや閉塞感や、人間を描写する力をゆるやかに失ってゆきつつある実写の現状を鑑みたような、アニメと実写の中間の位置に立てています。そしてわかりやすい王道的な題材を、わかりやすく正統的に歩めています。 これからこういった人形劇が増えるのは予算と期間の問題から難しいことではありますが、増えていくことを期待しています。 映像の構造上、人形という実物を映す実写の延長上にあるため高い現実感がありますし、年季を順調に重ねた老人の役など、最近のアニメや実写が遠ざけつつある類の人間も出しやすいので、作品に深みが出てくるのではないかなど、おぼろげながら思うところがいろいろありました。
話が少しそれてしまいますが、先日「JIN」の第一話を見ました。充分面白かったのですが、もう脚本や演出等で実写がアニメをその出来について格差があるように語ることは、少なくともTVドラマのレベルでは非常に難しくなっているのが伝わりました。この理由については書くと論旨がややこしくなるので、今回は書きません。ただ、原作のストーリーを最低2回は手直ししてキャッチーにしてはいるが、その分原作にあった求道的な美点もかなり捨てられていると感じました。 ヒューマニズムを基礎とした、平坦な価値観から人の感情に訴えかける話を丁寧に描くことが、実は今一番難しくなっているようです。
普通の題材の話はつまらない、という意識が作る側、そして見る側の常識になっている人がけっこう少なくないのではないでしょうか。 好みが細分化されていった結果、王道的な作品がダサいもの、嫌悪すべきもののように思われていくのは当然の流れなのです。しかし、逆に王道が大勢の人の心を引き付ける理由が、マニアックな嗜好の人は受け入れなくなりつつあるのではないだろうか、とも思えてきました。 王道的なものはその概念に対して、基本的な行動のしかたを示してくれる実利的な価値があります。自分が悩んだときや立ち止まったときに、どうすれば人間として生きていくか教えてくれるわけです。 一番簡単に例えると教科書になるんです。教科書を読むのってその対象を知る上で、一番楽で手っ取り早い方法なんですよ。考えなくても水準以上の技術が身に付くから。 あー、そうか、だから嫌いな人も多いのか…。 多分学校の教育って、基礎的な知識や技術も身に付いていないのに、素振りが出来ていないとか言いすぎなんだろうな。言われたとおりに素振りをすることをほめていれば、いつかは誰でも出来てしまうのに。
王道とは「王が作った人を選ぶ道」ではなく、「王が作った誰でも歩ける大きな道」なんです。そのだれでも歩けるということが素晴らしいのですが、それが当たり前になってしまって、個性を削ぎ、失わせるつまらないものに思われつつある。その価値を再認識してもらう。 今回の「新・三銃士」は娯楽の王道を復興しようという強い意気込みを感じました。こういう表面的な表現欲以上に人に伝える演出に情熱をこめてくれるところが、私にとってNHK教育がオタクの終着駅に見えて仕方がないところなのかな、と思いました。 王道があってこそ脇道が面白く見えるのではないだろうか、そんなことを考えさせられた20分でした。 coinboard さんのコメント (2009/10/14) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)] めたこさん、コメントありがとうございます。 私はその特番が逆に見られなかったんですが、そうおっしゃっていたんですか。 驚きました。
劇に今までの三谷さん分がひかえめで、その分懐かしいワイルドな感じのせりふが多かったので、こういう意図があるのではないかと思ったのです。 でも私は慧眼じゃないです。あてずっぽです!(笑)
しかし実際はきれいな目だけではなく、この王道がどこまで維持できるのか、つまりは三谷さんがいつまで自分を抑えられるのかハラハラしながら見ているところもあるんですけどね…(笑)。 そういった作り手が意図していないスリルが楽しめてしまってます。 これは最後までハラハラしたままで終わってほしいものですね。 いきなり「プリンプリン物語」のようなメタフィクションに走ったりしないことを祈るのみです。 三波豊和がカメラの外から「カーット!!」とか言う展開になったら泣きます。 めたこ さんのコメント (2009/10/13) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)] お邪魔いたします。 三銃士は興味がなくて劇の方は未見なんですが、放送前の特番をたまたま見る機会がありました。 そこで印象に残ったやり取りがありまして、司会(確か爆笑問題の田中)が三谷さんに 「案外ベタな話なんですね」 というフリをしたところ、三谷さんは笑いながらもちょっときつい口調で 「ベタとは失礼な言い方ですね(笑)これは王道の物語なんです」 と言っていたんです。僕の記憶が確かならそんなやりとりがあったはずなんです。うろ覚えですみません。 まさしく今回の日記と重なるところがあり、coinboardさんの慧眼に改めて感服した次第です。 三谷さんも我が意を得たり、と言ったところではないでしょうか。 それだけです。すみません。 |
4. 2009/10/11 「Sweet & Mild」 [この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]この題名はある商品のキャッチコピーです。
一発でわかったあなたはかなりのたばこフリークですね。
これは国産たばこ「ゴールデン・バット」のキャッチコピーです。パッケージのコウモリの下にプリントされています。
このたばこは100年以上の歴史を持ち、かの芥川龍之介や小林多喜二(「蟹工船」で船内に隠れた脱走者を捕まえた報酬に『バット三箱』と記されているのがこれです)も愛好していた銘柄です。
現在でもコンビニで簡単に買える商品としては一番歴史が古いたばこなのですが、他のたばこに比べてかなり安いという特徴があります。普通のたばこは一箱300円前後なんですが、このたばこは一箱140円。そのかわりフィルターが付いておらず、上手に吸わないとたばこ葉が口の中に入るので注意して吸わなければいけません。
この数ヶ月たばこを全く吸っていなかったので、どうせ本格的に禁煙するなら興味がある銘柄を全部吸ってからやめよう(どういう理由だ)と思い、購入してみました。
現在の普通のたばこがタール5〜8mgくらいなのに対し、このゴールデン・バットはタール18mg。そして三等葉という一番等級の低い葉を使っているので、重くてきついという先入観がありました。
一本ぷか〜っと吸ってみました。
ん!?ほのかに甘いぞ!
他のたばこのようにバニラなどの香料のストレートな香りではなく、木や若葉の汁のような自然に湧いてくるような香りが吸い心地としてあるました。三等葉だとか言ってはいますが、上品にブレンドされたたばこだと思います。さすがに現代の感覚ではタール等が重いので、私には一日一本で充分なのですが。
コンビニの品揃えを見ると、これと同等の歴史を持つたばこはほとんど、というかまっ たく形を残していません。やはり銘柄の味が人気を作り、これだけの超ロングセラーを生み出したのだといってよいでしょう。今一番のたばこのベストセラー銘柄はご存知マイルドセブンですが、あれも味は名前の通りたばことしては煙たくない、控えめな味です。日本人は甘めで抑え目なたばこを好むひとが多いのですね。
ここで一つ思うことがあります。 昔、私の祖父は煙管でたばこを吸っていました。当時でももちろん時代錯誤な話だったのですが、以前私の田舎がたばこの葉を作っていて、専売公社に卸せない品質不良な葉を乾燥させて自分で吸っていた以来、煙管で吸う習慣がついたそうです。 以前その煙管を使って時代劇のようにたばこを吸ってみたのですが、これがとにかく重く、辛く、煙たいのです。とても「鬼平犯科帳」の宿場のように軽く吸うなんて自分には無理でした。現代の喫煙感覚では、煙管はとても辛いんです。 当時の人はどういう感覚でたばこを吸っていたのか。ちょっと興味を覚えました。
織田信長は南蛮人からの献上以降、ヘビースモーカーでした(その上酒が飲めない甘党という典型的な頭脳労働者の体質。現代に生まれていたらエリートサラリーマンだったかも)。幕末に日本に来たハリスやヒュースケンの日記でも「日本人はまじめだがたばこを吸いすぎる」という記述があります。また、坂本竜馬もかなりの愛煙家で、土佐に凱旋したときに大勢の前で話をしているとたばこがなくなり、土佐の一郷士にすぎなかった中江兆民に「中江のオニイサン、悪いがたばこを買うてきておおせ」と自分に礼儀良く話しかけてくれたと述回しています(それだけ感激した思い出だったのでしょうね)。 このような有名人だけではなく、江戸時代はたばこの葉が一気に安くなった時代でした。一般流通してから20年程度で高貴な贅沢品から庶民の嗜好品にまで価格が落ちたのです。それだけみんなたばこを(煙管で)吸っていたのですが、それが明治以降、紙巻たばこが出て、一気に廃れていきます。煙管を使っていた人たちがどんどん紙巻に流れていったわけですが、面白いのは大衆品のゴールデン・バットと恩賜のたばこでもらえるたばこ(たしか「桜」)って「甘めの香りがする」という点で共通しているんです。「いこい」などもっと辛めのたばこもありましたが、紙巻たばこのスタンダードとしてのシェアはゴールデン・バットが当時から圧倒的に高かったようなので、平均的なたばこの味の嗜好はまず昔からあまり日本人は変わってなかったようです。
ということは日本人は、あまり好きでもない味のたばこを昔から習慣的に吸っている人が多かったんでしょうねえ。もっと突き詰めると、江戸時代あたりですでに仕事の合間に一服してストレスを和らげるというスタイルが確立されていたということです。ストレスを和らげるためにたばこを吸うが、味ははっきり言って気にしていない。この嗜好品を全然嗜好として捉えていないところで、数百年前から日本人の国民性はあんまりかわってないのではないだろうか。 そんなことをゴールデン・バットを吸いながら思いました。
しかしそれにしても、この一箱をいつになったら吸い終わることができるのでしょう。買っちゃったあとですぐに興味がなくなるのがわかっているのに買ってしまう。一種の病ですね。 よーし、次はパヤたんが吸ってた「echo」にするか。めざせ一日一本ペース。 5. 2009/10/08 「スローでナローなブロードバンド」 [この書込みのみ表示(記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け)]久々の日記です。 前回からかなり間が空きました。 というのも、私生活でこの4ヶ月に2回引っ越した(夜逃げとかではありません)ので、いろいろゴタゴタした状態の中で書く気がなかなか起こらなかったというのが大きいのですが、何よりも某プロバイダのブロードバンドの契約〜開通までが遅いのにブチ切れそうになったのが大きいです。
たかが10分足らずの工事のくせに、作業員が来るまでが長いこと遅いこと。 こんな工事を今どき契約から1ヶ月半待たせるような商売なんかやってるようじゃ、そりゃいくら安くてもシェアは伸びないですよ。何時間も待たせるファストフード店みたいなものだもの。
まあこれはきっと時期が悪かったんだと思って、そのまたすぐ事情で近場に引っ越した際に同じプロバイダに頼んだら、やっぱり1ヶ月待ちでした。 このご時勢にこんな商売をやっててこの会社ははたしてやっていけるのだろうかなどと思ってしまうのですが、団塊世代などもっと年配の顧客の方々はそういうものだと思って案外納得しているのかもしれません。 無知で文句を言わない客という名の草刈り場にあぐらをかいた商売がいったいいつまで続けられるのか、結構見ものかもしれないと思ったりします。
でも、以前街頭で頻繁にあった某プロバイダの「持って返ったその日から使えます」と言ってばらまかれていたADSLモデムよりも、はるかに使っていて気は楽だし後腐れがないのも事実なんですよね…。名前は挙げない(というかもう言わずとも分かると思いますが)、某プロバイダは「解約する」と決めるだけで1時間電話で押し問答が続くような体たらくだったので、大概の他のプロバイダがましに見えてしまうフィルターが出来上がってしまっています。悪いものに慣れてしまっています。我ながらよくないなぁ。
ここで「楽に借りられるところの金は返しにくく、借りにくいところの金は返し易い」というローンに対する某金言が思い浮かびました。ということは、この法則に当てはめればこのプロバイダは少々問題が起こっても後は楽ということなのでしょうが、この類の問題って起こった時点でもう手遅れなのがほとんどだからなあ。 そういうことが起こらないように。以前加入していた別の電電会社系のプロバイダよりも円滑なネットライフを楽しめるよう祈るだけですね。
というわけでスローペースではありますが、またまた宜しくお願いいたします。 =>古記事6. 2009/06/05 エターナル・チルドレン
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