=>古記事4. 2012/05/18 短編アニメ『JAM』 その他最近のコメント 1. 2012/05/26 「作品紹介 > 吉祥寺でハーツフェルト! @爆音映画祭」 [この書込みのみ表示 (記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け) ]拍手:3個 またかよっ! って言われそうですが…。 僕はハーツフェルトの作品がどうしようもなく好きなのです。 ・・・と、たとえ百篇書いてみたところで、僕の気持ちは正しくは伝わらない。 それは空しくキーボードで変換され、0と1に還元されてしまう。 この気持ちは交換可能な記号なんかじゃない。 僕は太陽の陽に灼かれ爆発四散して、鉄の鎖に、夢に、首をくくられながら、 それでも(だからこそ!)彼の作品を観ていたい。 ・・・ハハハ、逆に意味不明でしょうか? ★ 自分の感受性なんて、取るに足らないものだと僕は思ってました。 大した人生経験も無いし、知恵も教養も無い、いつだって空っぽな僕の感受性なんてね。 それでも誰かと、いや「あなた」と(!)分かち合いたいという気持ちは捨てられない。 だから僕は、せめて好きなものを好きなんだと、証言しておくことにします。 ★ それでも、またかよっ! って言われそうですが、ついさっき知ったことです。 7月3日(火)18:55より、吉祥寺バウスシアターにて。爆音映画祭: http://www.bakuon-bb.net/ ハーツフェルトの3連作『Everything will be ok』『I am so proud of you』『It's such a beautiful day』が上映されます。 最終作『It's such a beautiful day』が日本で公開されるのは、これが初めてです。 It's such a beautiful day・・・なんて素敵な日。 きっと素敵な日になるはずです。行ける方は是非とも爆音映画祭へ。 (さすがに僕は無理ですがorz) 35ミリじゃなくて、HDマスター版になるらしい。 とりあえず、映像に関心のある方は観て損はしないと思います。 アニメーションとは何なのか。その豊饒な可能性を感じられることでしょう。
またおまえか さんのコメント (2012/05/30) [編集 /削除 (書込み者/所有者が可能)] ためいきしか出てこない作品て ありますよね ・・・ 「百年の孤独」「展覧会の絵(キエフの大門まで見たかった)」 ・・・ そのためいきを 言葉に(あるいは別のカタチに)できたなら 僕は ・・・
2. 2012/05/24 「作品紹介 > ドン・ハーツフェルト作品集 『メランコリックな宇宙』 @第七藝術劇場」 [この書込みのみ表示 (記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け) ]拍手:5個 皆さま、どうかお願いします。 どうかハーツフェルトの作品を観て下さい。 ドン・ハーツフェルト作品集『メランコリックな宇宙』予告 VIDEO 5月26日(土)より、第七藝術劇場にて。レイトショーで一週間のみ。第七藝術劇場HP: http://www.nanagei.com/ この度、上映される作品は上の全7作品、合計74分となっております。『メランコリックな宇宙』公式HP:http://www.imageforum.co.jp/don/ 上映作品の案内、ハーツフェルトのインタビューや、その他コメントや批評など。 注目すべきは『everything will be ok』『i am so proud of you』の2作。傑作です。僕は完全に打ちのめされました。 古今東西あらゆるアニメで、これらに比肩し得る作品は、僕には片手で数えられる程度しか挙げられません。 これらは3連作の一部となっており、最終作は残念ながら日本ではまだ公開されていません。 ★ 僕には、僕の人生の中でとても大切にしている作品がいくつかあります。 例えば、小説だったらマルケス『百年の孤独』や、フォークナー『八月の光』などがそうです。 重要なのは、言語化を拒絶する体験だと何度も書いてきましたが、つまりそれは―― さかしらな文化論、社会論、言語論、はては芸術論といった学術的な追及や衒学的な講釈も、ものの数ではないというような、 バタイユの言葉を借りるならば「非―知」に訴えかけてくるような、 ヴィトゲンシュタインさえもが、語ることを諦めるような! ――そんな体験です。決して交換不可能な体験。それでも結局、語ることになるのだけれど。 つまり、作品に触れる時間や身体性を大事にするということでもあります。 ★ ハーツフェルトの『everything will be ok』『i am so proud of you』は、僕にとってとても大切な作品です。 マッチ棒人間による消極的なアニメーションが、僕らの想像力を無限に喚起し、豊饒なコミュニケーションが実現されています。 …などと言ってみたものの、僕にはこの作品を語り得るだけの言葉を持ちえない。 アニメーション評論家の土居伸彰さんは「不確定な生」という言葉を用いていました。 人間とは何か、人生との意味とは、世界とは何か。それらについてこの作品は、たしかに何事かを語っています。 しかし、鳥瞰的な視点から一言に上手くまとめてしまったり、何か固定された解釈に収斂させてしまわない。 ただ「Everything will be OK」「I am so proud of you」と伝えることで、その存在の大きさや豊饒さへと呼びかける。 極端な激性と暴力性の狭間で、過酷な運命に翻弄され、怒り、泣き喚きながらも、ただただそう伝えるということ。 宇宙的で茫漠とした存在に、輪郭を与えてしまうのではなく、そのありのままの存在へと呼びかける。 ★ だから僕も確定させません。ちゃんとした感想はいつか書きたいと思いますが、それはまた今度ということで。 とにかく観て欲しいです。土下座しますから、どうか観て欲しい。一週間しか上映されないので、是非今週末にでも。 ■実は『everything will be ok』を始めとして、いくつかの作品が公式で公開されてます。字幕無いけど。 Don Hertzfeldt『everything will be ok』 VIDEO bitterfilmsの公式HP:http://www.bitterfilms.com/
canadadry さんのコメント (2012/05/25) [編集 /削除 (書込み者/所有者が可能)] 雪霞さん コメントありがとうございます! 彼の作品を観ていると、アニメーションとはこういうものだ、と言われてる気がしますね。 単に描き込みの密度を上げたり、コンピュータを使ったリアリズム寄りな絵よりも、烈しく訴えかけてくるものがあります。 京アニの過剰な映像は、僕たちに脳内補完を許さないので、逆にアニメの限界を感じさせるのかもしれません。 ハーツフェルトは映像では敢えて余白や空白を用意することで、人の想像力/創造力に作品を託してるような気がします。 つまり、僕らが作品に触れるという行為の中にこそ、アニメーションとは生きているということでしょうか。 以下、ハーツフェルトのインタビューより抜粋、引用します。 >>シンプルな描画スタイルについて 〜前略〜 CGでのモデリングや完璧な静物画は冷たい気持ちにさせる。リアルで表象的な自転車の絵は、「自転車」としか言ってくれない。もし作品がそんな名詞以上のものでコミュニケートするなら、もっとたくさんのムードや心理がそこには加わるはずだ。アニメーションのフォトリアリアリズムが退屈で的外れなのはそのせいだよ。そういうのは名詞でしかないんだ。CGアニメーションの90パーセントは名詞でしかない。その向こうに、何も感じることができない。 アニメーションっていうメディアの要点は、文字通りに何でもできるってことにある。今まで観たことがない驚くべきものを見せることができるんだ。僕はアニメーション作家たちが映画の言語を変えてしまうのを見てみたいんだ! 真面目な話、僕らにはそのための手段がある。シュルレアリストたちが写真に対してとった反応と同じ、野生的で新しい場所に、アニメーションを深く突っ込むんだ。クソッタレなボートを揺らすんだ! アニメーションから主観的な力を奪い取って、現実に見えるようなかたちで何かを見せようとするんだったら、実写映画を撮った方がいいんだよ。 http://www.animations-cc.net/interview/i023-donextra02.html より。雪霞 さんのコメント (2012/05/25) [編集 /削除 (書込み者/所有者が可能)] これはすごい……。 ナスに竹串を刺したような人物が動くと、体重が感じられる。 あまたの日本アニメで、ふつうに人間が歩いている時や転んだ時に、 「そこに重さがある」という生々しい感じがしたという記憶は 私にはないです。京アニは動きはきれいでも重さはない。 それをナスと竹串で描き切ってしまうとは。
3. 2012/05/21 「雑記 > 神は天にいまし…」 [この書込みのみ表示 (記事URL紹介用) / 編集 / 削除 / トラバ送信 / 共有分類に追加(タグ付け) ]拍手:9個 金環日食、とても綺麗に見えました。あと、普段は全く交流の無いご近所さんとも会話出来たりしました。 辺りを見回すと、準備万端で臨む人、ふと足を止めて空を見上げる通勤途中のサラリーマンやゴミ出しで通りがかった人、 ・・・色んな人がいました。 これからどれだけ時代が流れ、社会が変わっていこうと、人はきっとこうして空を眺めるのでしょう。 まぁ昔だったら「世界の終わりだっ!!」とかって大騒ぎだったのかな? こうやって素敵な時間として過ごせたのは科学技術の恩恵ですね。素晴らしい。 それにしても太陽の光は人間の目には眩し過ぎるのですね。 曇り空の隙間から差し伸べられる陽光がちょうど良いのかもしれない。 それでも僕は、「太陽」を見たいと思ってしまうのでした。 …などと気障っぽい日記を書いてみた。間違いなく、太陽が眩しかったからである。
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