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2、3歳の時、幼稚園の入園準備かなんかで、母と一緒に幼稚園に行った。
母と私は徒歩で行った。
・
母が買い物するときいつも使うスクーターに前乗りで行くこともなく。
自転車の後ろに乗せられることもなく。
最近初めて、それが近所の幼稚園だったことを知った。
・
近所といっても自転車で15分、徒歩で25分ぐらいだと思う。
しかも、ちょっとした山登りみたいな急坂が延々と続いている坂の、
その頂上にあるような幼稚園だった。
幼児の徒歩で、どれくらいの時間がかかるのかはわからない。
ただ、母は、私の時間に耐えられなかった。
・
最初は手をつないでいたか、並んで歩いていたかどうかしていたのかもしれない。
今はその記憶もないし、母は人との身体的接触が嫌いなので、どうかわからないけど。
ただ、私は疲弊しきっていた。
そして母も疲れているといった。
母が言うには、私のせいで。
しかし母には疲弊を怒りに変えられるほど、余剰のエネルギーがあったようだ。
・
・
母が私の一番嫌いなところは、歩くのが遅いことだという。
のろいこと。遅いこと。効率的でないこと。
何をやっても駄目なこと。
大人の足に比べて遅いこと。
大人みたいにうまく上手にできないこと。
役に立たないこと。
母は、私を置いてずんずん歩いて置き去りにし、私の視界から姿を消した。
私は母と共に歩いている道の中で、ひとりぼっちで、迷子になった。
・
私は道の真ん中で足を止めた。立ち尽くした。
おかあさんがいない。
今、母にとっても私はいないはずだが、私と違って、
それが母の心理的負荷とはなってはいないのは、明らかだった。
・
私は、幽霊のように立ち尽くした。
誰にとっても生まれて来たことのない、
生きたことのない、誰にとっても死んだことのない幽霊のように。
誰の思い出の中にも、心の中にも生きていない、忘れられた幽霊のように。
墓標もない幽霊のように。
永遠に思い出されない記憶のように、立ち尽くした。
・
足元のコンクリートの道は、冷え切っていて生命の温もりも伝えてこない。
母のように。
まるで、死につつある私の心のように。
道は硬く、私の足に踏みつけられることに抵抗して、
私の足を下からもっと強い力で押し戻してくるようだった。
私の足の裏は、その上で母を見失ったコンクリートの道に踏まれて、ずきずき痛かった。
すべてを目撃している周囲の静まり返った世界は、母に同意して、
私に、悪意の、非難の目を向けてきているようだった。
・
・
死体みたいに立ち尽くしている私を、母の金切り声が呼んで、私は我に返った。
道の先の建物の中から、母が顔を出して呼んでいた。
なにしてんの。ぐず。早くしろ。のろま。どんくさい。ぐずぐずするな。やくたたず。
忌々しげに。
そこは私が通うことになる幼稚園らしかった。
・
門をくぐって中に入った。
仏教系の幼稚園だった。
重厚な門構え、日本家屋な造り、鬱蒼とした藪の中にごろごろ転がる、
苔むした地蔵や祠。
・
私と並んで歩き出した母は、ヒステリックに金切り声で私を罵倒し続けるので、耳も頭も痛く、
母は私を置いてどこにでも行き、さっさと私の視界から消えてほしかった。
母は私の心の声を聞きでもしたように、
私を置いて振り向きもせずさっさと歩いていった。
私は、やっと母から解放された安堵にため息をついた。
母は私を置いていきたい。
私は母から置いていかれたい。
これで初めて、両者の利害が一致したわけだ。
・
・
ふと見ると、石畳の続く道の脇に、大きな檻が置いてあった。
白くて細長で、動物園にあるような大きな檻。
私の前に伸びる母の足跡のついた道は、もう私の歩く道とは関係がない。
それで私は足を止め、立ち止まって、檻の前に立った。
・
道のずっと向こうの先から、母が初めて立ち止まって、
こちらを振り返って、金切り声で私を呼んでいた。
あのひとは私とは関係ない。
あのひとも私との関係を望んでない。
私は無視した。
・
・
中には鳥がいた。
そこには孔雀が数羽、入れられていた。
それは白くて大きな、鳥篭だった。
母から雨霰のように、金切り声で罵倒され続ける私の目の前で、
一羽の孔雀がゆっくりと尾羽を広げていった。
・
オパールのように複雑に光る、千もの緑と青の目が、一斉に私を見つめた。
このひとりぼっちの檻の中で、誰の為にそんなに美しい羽根を、
孔雀は広げて見せているのだろう。
その孔雀は私にだけ、宝石のように光る、青と緑の目を向けているのだろうか。
それとも他の孔雀に、その千もの目を向けているのだろうか。
・
キレイだと思った。
でも、それ以上に、哀しかった。
キレイだとは思えても、キレイだと感じることができなかった。
私の心はもう、何かをキレイだと感じることができなかった。
そして檻は、私の中にあった。
私の中の檻には、がらんどうの闇が閉じこめられていた。
あるいは、がらんどうの闇に見える孔雀が、閉じ込められていた。
・
私は檻の中の孔雀を羨んで睨んだ。
私もそこにいたい。
私も彼と共に、檻の向こう側にいたい。
毎日、彼の美しい目に、黙って見守られるだけの一生を送りたかった。
・
孔雀と私は、本来、同じ空の下にいるはずなのに。
それなのに、一方は、空を翔る翼を持ちながら空を奪われ、もう一方は、
空の下にいながら空の広さを感じる心を奪われていた。
・
一方は空を知らない鳥のための檻に囚われ、
一方は空の広さを知らない心に囚われていた。
私たちはきょうだいのように同じなのに、一方は檻に入れられる側の動物で、
一方は檻に入れる側の人間だった。
同じでありながら、私たちは、檻で隔てられていた。
・
孔雀は、人間の造った檻に閉じ込められ、孔雀を閉じ込める檻は、人間の私の中にあった。
孔雀は空を奪われる。
人間は、世界を分断する壁と檻の知恵を、身内に抱え込む。
・
・
私の心はもう何も感じることができなくなっていた。
私は、ただ疲れていた。
私は、自由を奪われて、檻の中に閉じ込められた動物を見物する、
檻の外で自由を享受する人間のはずなのに。
・
檻の中に閉じ込められているわけではないのに、自由でない私には、
まるでこの世界自体が、一個の檻だ。
自由ではないのに、檻に入れられていない私は、
自由であるということ自体が、一つの欺瞞の檻だった。
・
・
他者の要求に逆らって、立ち止まりたいところで立ち止まってはならず、
見たいものを見てはならず、
絶え間ない、罵声と金切り声に呼ばれ、歩きたくもないところを歩き、
心はもう、きれいなものをきれいだと感じることはできず、もう、ものを感じることはできず、
私は、檻の中にいるわけではないのに、檻の中の孔雀より、
もっと自由のない、孔雀より美しくない、ただの人間だった。
・
私はそれだけを了解して、今もまだ羽を広げて見せてくれている、
檻の中の孔雀の眼から目を引き剥がし、
苦渋の表情で私を睨みつけて待っている、母の元へと、
のろのろ足を引きずって歩いていった。
私が戻る所は、母のところしかなかった。
・
母は私を罵倒しながら、私が母の元へ来るのを待っていた。
「こんな格好して。幽霊みたい。馬鹿そうで。」
母がおちょくって私の物真似をした。
母の私の物真似を見て、私は初めて自分がどんな格好をして歩いていたのかを知った。
・
・
砂の上に、蛇が這いずる跡が残るように、私は文字道り、足を引きずって歩いていた。
自分の足しか見えないほど前かがみにうつむいて。
私の片方の手は、なぜか胸元のあたりに中途半端にぶら下げられていた。
ちょうど、柳の木の下の幽霊を描いた日本画によくあるように。
でもこの姿勢がなぜか、酷く疲労した私が取れる唯一の楽な姿勢なのだった。
・
母と違って、そのことは私には不思議ではなかった。
私は生きていないのだから。
死んでいるのだから。
私はここにいないのだから。
彼らにとって。
親にとって。
誰にとっても。
・
私が、母の姿を極力視界に入れないように、下を向いていると察したのか、さらに苛立って、
「馬っ鹿みたい ! もっと、ちゃんとできないの !! 普通に、できないの !!」
と、絶叫した。
・
・
この状況での「普通」って、なに。
延々、空気を切り裂くような金切り声でわめいてる人から「普通」になれ、
って言われるってことは、
とりあえず、そういう人をおかしいと思う私の方が、普通じゃないってことか。
まるで、陽気な散歩でもしているように見えることか。
この場で一番大きな声を出して、先手必勝で、正統と異端を決定付けることか。
・
・
母の背後に、母を代表とした「普通」の世界が控え、
母と一緒に一斉に、「普通」の世界の異端になった私を糾弾してくるようだった。
私は生きていようと死んでいようと、恭順していようと、
あるいは、反抗していようと、親を含む他の一切を敵に回しているなら、
どれも、どうせ、同じことだと感じた。
結局、ある意味、私は幽霊なのだ。
私がどう存在していようと、母の目には見えない。
誰にも見えない幽霊なのだ。
・
もう、私は死んでいるのに、私はもう、幽霊なのに、
生きて存在している「普通」の子供のように振舞えと、
母は、解せない要求をしてくる。
もう私は、母にも誰にも見えないんだから、母にも誰にとっても生きていないんだから。
だからどんな格好をしていようと、かまいはしないはずなのに。
「普通」になれば、初めて、母の目に見えるってことか。
逆上している母を眺めながらそんなことを感じていた私は、
やはり、母の望む、それがどういうものだかわからないが、
「普通」には、なれないのだろう。
・
とりあえず、私は母の言う「普通」の子供らしくしようと、
足を上げ前を向き手を下に下ろし、
「普通」の格好を取った。
疲れた。
ただもう疲れた。
・
・
疲れた、という姿勢をとることも母の不興を買うためにできず、
疲れているのに、「普通」の、快活な子供のようにしなければ見栄えが悪い、という要望に応えて、
疲労の上に、さらに糊塗しなければならず。
私と母がこの時、私の子供の足の速度で歩いた何十分間、母は、一時も休まず私を罵倒し続けた。
早く歩け、立ち止まるな、普通にしろ、と、私を調教し続けた。
・
私にとって生きるということは、檻の外とは、
母が、母であり妻であることが、子供と夫へ奉仕する終わりのない労働であるように、
他者の意思の要求に、絶え間なく従い続ける強制労働、だった。
ありのままの私であってはならないと、
一時も休みのない、私の意思への、他者の意思からの介入、
歪曲、糊塗、演戯、侵攻、略奪に追い立てられ続ける。
・
・
私はただ、休みたかった。
ただ疲れていた。
ただもう、自由にしてほしかった。
あの、檻の中の孔雀のように。
そこから先の記憶はない。
・
・
・
最近、この幼稚園に行ってみた。
母といったこの時は、裏門の、小さな門から入ったのだとわかった。
正面の門はもっと大仰で、両側に寺にあるような木彫りの仁王像が、凄い迫力で構えていた。
その仁王象に睨まれて、正面門から入ることができず、
あの時母と潜った、小さな裏門から勝手に失礼した。
あの時はそれどころではなくてわからなかったけど、
静かで奇妙な空間が漂っていて、いい雰囲気だと思った。
・
今も、孔雀の檻があった。
あの時の孔雀ではないだろうけれど、そこにはまだ、檻の中に孔雀がいた。
「詩人は嘘をつきすぎる」と言うものがあれば、それはもっともなことだ。
――― 我々は嘘をつきすぎるのだ。
われわれは知識に乏しいし、あまり学ぶこともしない。
したがって嘘をつかざるを得ない。
我々詩人の中で、このぶどう酒に混ぜ物をしなかったものがあろうか?
詩人は嘘をつきすぎるって?
――― しかし、ツアラトゥストラも一人の詩人なのだ。
あなたは、彼が本当のことを語ったと信じるのか?
なぜそう信じる?
・
彼らは海からその虚栄心を学んだ。
海、それは孔雀の中の孔雀ではないのか?
海は、最も醜悪な水牛にも、その尾を広げて見せる。
真に詩人は、精神の奥底まで、孔雀の中の孔雀だ。
虚栄の海だ!
・
お前、孔雀の中の孔雀よ、虚栄心の海よ。
何をお前は演じて見せたのだ。
お前は根底からの俳優だ。偽り者だ。
そのお前がどうして語ることができようか――― 真実を。
・
私は見る。
こうした精神が、自分自身に飽き飽きしてくるのを。
私は見る。
詩人たちが変化して、自分自身にその目を向け始めたのを。
ツアラトゥストラ
・
・
・
「となると、人間と動物のちがいは、ことばだけじゃないな。
動物は善もなさなければ悪もなさない。
なさなければならないようになす。
わたしたちは動物のすることを見て、有害だとか有益だとか言うが、
良い悪いは、何をするか選ぶことを選んだ、
我々人間の側の問題なんじゃないだろうか。
・
竜は確かに危険だよ。
だが、竜たちは悪意があってやっているのではない。
竜たちはほかの動物と同じで、その徳性が我々のそれに届かないんだよ。
あるいは、はるかに越えていると言ってもいい。
つまるところ、そんなものと関係なく生きているんだ。
・
わたしたちはいつもいつも選ばなくてはならないが、
動物たちはただ必要な状態に身を置き、必要なことをするだけだ。
くびきつながれているのは私たちで、動物たちは自由なんだよ。
だから動物といると、少しばかり自由というものがわかってくる・・・・。」
・
・
「いっとう最初、この世が始まったときには、あたしたちはみんな同じだった、
動物と人間はね。
あたしたちは、みんな同じこと、してた。
そのうちにあたしたちは死に方を学んだ。
次には生まれ変わり方を学んだ。
存在のふたつのありようをね。」
「ゲド戦記」アーシュラ・K・ル・グイン
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・
・
その、もうひとつ別の自己の内部には、その人が抑圧した感情や欲求が閉じ込められています。
牢獄のように。
その人たちは、自分が誰なのかがわからず、ただ、ある役割を演じているだけです。
周囲がその人に演じることを期待している、その役です。
・
この人は本当は誰なのでしょう。
それを知っている人は誰もいません。
おそらく本人が一番わかっていないでしょう。
自分が誰なのかを知るためには、自分の中の空虚を見つめる必要があります。
「闇からの目覚め」アリス・ミラー
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