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斉藤さんの講演で面白い話があった。
読書感想文なんか書かせる国は世界で、日本だけだという。
なんだかどおりでと思った。
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「ついでに、読書感想文の宿題が出たら、どうぞ親が書いてやってください。
感動したら、言葉は出てこないものなのです。
子供たちに、言葉を失うほどの感動をさせる、それが読書です。」
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ちなみに、そんな斉藤さんの第一印象は「恐えぇっ!!」だった。
とにかくなんだかやたらに厳しそうだった。
ガンバの本を読むことで、私は、どんな作者像を抱いていたのだろうか。
そういえば、ガンバの話って、
ごろつき船乗り野郎どもの話だったではないかと改めて思い直した。
あんな話を書く人が、思えば、好々爺であるはずがないのだ。
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でも、その世の中をアウトローの視線で見るような、
鋭い洞察を持って語る、このおかしな世界の話は、
笑いの絶えない、そして深く感じさせられる話だった。
聞けば斉藤さんは福音館書店の編集長だったそうだ。
生粋?の作家ではなかったのだ。
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それ以前に、本の仕事人だったのだ。
なんだか、なるほどと思った。
アニメにもなったし、国際アンデルセン賞も冠した作品の作者としては、
驚くほどテレビに出ない人だなとつねづね思っていた。
こういうとき人は、すぐにテレビに出たりインタビューを受けたりして、
名前を売り顔を売るのが世の中の常なのに。
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でもそれが逆に、私の中で消えない好奇心の種として、
斉藤さんって、どんな人なんだろうな、
という思いを抱かせ続けた。
人に対する関心を、ささやかながらも、これほど長い間持ち続けることができた。
他人や世界なんか、リセット一つで消してしまえると、
脳内汚染に侵された子供としては、凄いことだ。
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テレビに出なかったということで、斉藤さんは、私の中で、
あのしゃべる箱の中のバーチャルな世界の、
バーチャルな登場人物の人間のひとりに収められることから、逸脱していたのだ。
もし、斉藤さんがテレビに出て、もっともらしいことを話し始めたりすれば、
私は、ああ、この人があの斉藤さんか、で終っていた。
何を言っていても、独り言を言うのが好きな人には、
私もそれなりの関心しか払えなかった。
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斉藤さんは、おそらく、テレビに出ないと決めていたんじゃないかと思う。
斉藤さんは何も言わなかったけど、何も言わずに語る、
その人の気概は、確かに人には伝わるものなのだ。
私も、すべてを言うことができたわけではない。
すべてを言うことができるなんて思わない。
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斉藤さんにも。
斉藤さんのことも。
その他のことも。
もしも可能ならば、大切な人には大切なことを伝えきりたいと、
そんなことはできないとわかっていても、
そんなのは、自己満足に過ぎないと分かっていても、思ってしまう。
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でも、それよりも、ただ、深く、思いを湛えることしかできない、
人のこころを感じて生きていけるような人になれればいいなと思った。
その斉藤さんが詠んだ子守歌を聴けたことは、私には、確かに僥倖だった。
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