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まじめな作品の考察はそういったblogがたくさんあるので、そういったblogを見ていただきたい。制作者が覆面で書いているんじゃないかっていうくらい、微細なことまでこだわったところが山ほどある。
日曜日の我が家の恒例は、同日の朝に録画した『エウレカセブン』と『蟲師』をカミサンと見ることから始まる(カミサンが他に見ているのはBLOOD+と攻殻機動隊S.A.C. 2nd GIGくらいなものだ)。まあ、それは別にいいんだが今回の『エウレカセブン』と『蟲師』を見ながらぼけっと思っていたことは……。『蟲師』は絶対に音読することを考えずにタイトルをつけたなって毎回思うのは別にどうでもいいとして、エウレカやサクヤがかわいかったり美しくなかったら、誰も共感したり神に祭り上げたり、一緒に生きようなんて思わなかったんだろうなあというしょうもないことだった。
どうも生き物のかなりは、変化の少ない時代には適者生存っていうよりも性選択で子孫を残しやすいって仮説があるようだ。簡単に言えば、環境に適応した生物よりも、異性に好まれる生物の方が子孫を残しやすいってことだ。だからこそ孔雀の雄の羽根はむやみに大きく派手になり、鹿の角はでかくなるってことか。まあ、人も例外じゃないんだろうね。ある種の基準があってそれに近い異性が好まれて、より子孫を残しやすいってことなのかもしれない。まあ、長い時を考えれば環境は激変するのが普通だから、変化の時代には意味がないことなんだろうけれど。
ただ人の場合はある程度多様なんでそんな単純でもないのかな。どうなんだろう?
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