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鋼の錬金術師アニメ2期、か
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1. 2008/09/03 「鋼の錬金術師アニメ2期、か」 分類: 感想日記
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なんでも原作のストーリー準拠だとか。
単純に考えてそんなのを作る理由の一番は、採算性があるから、だろう。
アニメオリジナル展開よりも原作の出来がいいから、という理由ではなくて。
ガンガン側の意向が大きく働いていると考えるのは邪推だろうか?ソウルイーターも悪くはないんだがやはり今のガンガンは「鋼」に頼り切っている感は否めない。

だがそういう邪推以上にもっと心配な事がある。

果たして原作通りに作って面白いのか?

ここで言いたいのは原作丸写し動画化コピーに価値があるのか、という意味ではなく、巻を重ねるに連れて粗が目立ってきている原作を、果たしてそのままアニメ化して面白いのか、という意味。

特に、ストーリー展開における論理的・倫理的整合性の粗が目立つ。
(ただそれを補うだけの演出力は流石だが)
一番の問題点は巻数を重ねるに連れエドワードが一種の「ダークヒーロー」から「PTA的日和見不殺主義者」に変化した点。要するに大衆受けのヒーロー化である。
身も蓋もない言い方をするなら、キャラが安っぽくなった。

次、問題点その2がキャラ贔屓。
主人公補正とも人気者補正と言い換えてもいい。
はっきり言えば「嫁補正」と同種の現象が作者の贔屓するキャラに起きている。
キャラが手を汚さない。汚さなくてもいいような都合の良い出来過ぎた展開。
錬成に失敗して出来たのが「自分の母じゃなかった」っていうのはその最たる例だろう。
(というか倫理的論点が明らかにずれている。それともわざとずらしたのか。成功例は母親、失敗例は非母親というくくりなら何度錬成に失敗しても母親殺しにはなるまい。が、問題点は明らかにそこじゃないだろ。)

倫理の最大の厳しさはダブルスタンダードを禁じている点にある。
ところが原作、ギャグでそういった部分を誤魔化し、どーにもいい加減な部分が端々に見て取れる。

アニメでは原作の展開や台詞の改変・削除が幾つも見られるが、それらは脚本担当者が深く原作を考察して変えた結果だと思われる箇所が少なくないのだ。
例えば、第五研究所でのスライサー兄弟との対決後。
「人殺しはごめんだ」と兄弟を人間扱いするエドに対し、スライサー(弟)は鋭く反論する。
「こんな身体じゃ人間扱いされたほうが残酷だ」
自分らを元に戻せるのか?元に戻されたところで死刑囚である。殺されるために人間に戻れと?
またアニメでは特に扱いが大きくなった「リオール」と「ロゼ」の存在も欠かせない。
レト教からの解放後における彼女の不幸は、エドワードの動機、職業として「他人の命を食い物にする存在」である国家錬金術師になったことそのものに根ざしている。

・・・とまあ、あんまり具体例を挙げすぎるとくどくなりすぎるので、結論。

・アニメが原作を改変した箇所とその理由を、二期を作る際に忘れるとえらい事になる。
・主人公補正をすると、ロクなことにならない。


(補記:アニメは原作2〜4巻の、最も「濃い」成分の抽出に特化していた。キャラ贔屓もなく作品の厳しさ、緊張感が最もあった時期を見極めていた)

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