| プロフィール | 私書箱 受/送/送済 | 評価履歴 共感[受/送] | DB作成履歴 生成 | 他己紹介 06/06/28 | 書き物 [書く] | リンク集 登録無 |
| RSSリーダー登録 |
|---|
| RSS |
| 日記表示スタイル |
| ホームページ型/携帯 画像/音声/リンク |
| 表示開始年月 |
| 日記内検索 |
| 分類 |
この数ヶ月、「こうなるかな」と思っていた事が「違う」方へ転じる事が多くなった。
でも、自分なりに「じゃあ今までのその解釈はやめて、新しくこう解釈しよう」と繋げる機会に変えている。
例えば、「DVDを買うなら、当然そのDVDを見れる日を楽しみに買う」はずが、全然変わった。
「DVDを予約して、それを受け取る日までどれだけ自分が日常を生きて来たか」
劇場版AIRの頃には、もう、そっちの方に身体が慣れてしまっていた。
変えられる事を変えて行けば行く程荷が軽くなる。
自分はその「何か」を選ぶだけで、でもそれに至るまでに「何を選ぶか」の方が、本当は重要で難しいのかもしれない。
「多過ぎて選べない」時もある。
にも関わらず「同じDVDタイトルを何回も何回も買わなきゃならない」のは、最初は満足
出来ても半年も経つと「ええ加減違う事がしたい」方へ向いてしまいやすい。
となると、である。
「12話構成前後のアニメが多い」のは、ある意味、
「6巻以上買わせるのは、視聴者に相応以上のファン姿勢があって成り立つ」事で、
それをあらかじめ想定しての「現状では6〜7巻止まりのアニメが多い」枠組みかもしれない。
分からないまま何かの社会構造に丸投げにされる形で付き合わされて買わされるよりは、せめてそれぐらいの「自覚」がないと「満足」にはならない。
自己相談が付いたらほとんど大概の事は「後悔」には至らない。
「狭い一ヶ所の視野世界に無理矢理集団を押し込めさせる」
のでなくて、
「角度を変えれば変える程違う見方を楽しめる」
のが、そもそもアニメ鑑賞の醍醐味じゃなかったかな。
「狭い視野境界の殻の中に、鑑賞時間中ただじっと黙って自分を止まらせ続ける事が出来る人だけを集めて、しない人は一方的に見た奴が悪いと責めて追い出す」
そんなアニメだったら、「ああだこうだ考え考えして動き回れる現実の方が居心地がいいぞ」と言ってやる。
イノセンスのインタビュー本とシナリオをトグサ視点で読み返しした。
「難しいよ。そらここまで長い長いセリフの羅列。しかも連続斬り状態は言わされる声優が泣くよ」
などと、共感出来る部分をその都度変えて行けるから読み応えがある一冊になる。
昨日の日記を書いた後、「美女と野獣昔見たよねぇ」と母と話をした。
母→「城の中でチャンチャンバラバラやってるやつでしょ」
そうそう。アラジンでもそれはあったよ
お約束お約束。
| 蒼麗 さんのコメント (2005/08/13) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)] 6〜7巻だから出来るクォリティー安定の事と、「見た後」から買うに至るまでは否応なく 現実がつきまとう事。臨時収入や臨時出費が常時出入りしたり、その度にお金の計算とかも ひっきりなしに動く形で関わって来る、その辺の「見込み関係」とでもいうか。 少なくとも自分だったらそう見ている。 キャラクタの出具合とか、バランスが安定している物はまぁ問題ないとして、 遙かはやっぱり構成にかなり難がある。 「この巻は売れる。この巻は全然売れない」 両極端仕様の上に、「人気があるキャラは毎回しっかり描かれている」差別が起こると、 その回を直接見た時は良くても、時間が経てば経つほど「見る程のもんでもない」に変ってしまいやすいです。 |
| <=次記事2005/08/14 ガンダム展に行って来ました→レポ少し更新 =>前記事2005/08/12 さて、臨時収入何に使おうかな 大分類が「日常」の記事 記事全て |