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ゲーム(や漫画)が全く悪くないとは言いませんけど、
ちょっと世間の(ゲームをやらない)大人はゲームを目の敵にしすぎのような気が。
ゲーム脳たるものを調べて、ますますゲームに対する批判を強めていくのでしょうな今後も。
(ほとんど、ゲームに責任転嫁しているような感があります)
しかし、少し前に酒に酔った議員が強制わいせつで捕まった事件がありましたが、何故こういう
お酒が原因となった事件が起こったときは「お酒をなくせ」と騒がないのだろうか。
お酒は一応年齢制限を設けているからこれでいいのだ、と言う気なのでしょうか。
いやでも、同じように一応年齢制限が設けられているタバコは、なくせという動きは強い。
うーむ、一体これらの違いは何なのだろうか。
こんな事を考えた今日でした。
| バリル さんのコメント (2005/03/17) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)] グルグルネコさんご意見ありがとうございます。 この場では、初めましてですね。 私もグルグルネコさんのご意見のような事(お酒が批判対象にならない理由)は漠然とながら 考えていましたが、やっぱりそれが真相なのでしょうかね。 まあ私たちもゲームに関わりが深いから、ゲームが批判の対象にされるのは嫌と言っているのですから、お酒が好きだからお酒を批判の対象にしたくないという大人たちの意見も理解できるといえば理解できるのですが。(納得は絶対出来ませんが) いづれにしても安易な意見に流されず、もっと深く議論していってほしいものです。 ボーイングフォーコロンバインですか。知りませんでした。 レンタルされてるのかな。 されてたら今度見てみようと思います。 グルグルネコ さんのコメント (2005/03/16) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)] どうも、グルグルネコと名乗るものです。 僕も同感ですね。ゲームの影響はあるかもしれないが、それだけが大部分の原因となっているというのは非常に短絡的な発想としか思えませんね。とりあえず何か責任となるものを訴えておかないと安心できないんでしょうね。 「お酒〜」のところは、ボーイングフォーコロンバインというドキュメント映画を思い出しました。知ってますかね。米のコロンバイン高校であった銃乱射事件についての映画です。これに対する原因も教育とか暴力映画、音楽、ゲームなどといろいろ責任を押し付ける大人達を皮肉を込めて描いていました。そしてこの映画では、「なぜみんな(上記の大人達)、彼ら(犯人)が数時間前に行っていたボーリングが原因といわないのだろう。」と言います。まさにこの主張が言うように、皆がそれとなく納得できる責任対象を勝手に求め作り上げ、虚構の安心を得ているだけであるということがいえるのではないかと思います。ボーリングは単に納得できる対象ではなかっただけなのです。 「ゲーム」を責任にしないのも単純に自分に関わりがなく、最も納得のいく責任対象であるからではないでしょうか。そして「お酒」は大人達にとって関わりのある、納得しにくい(したくない)対象であるから、意識的にか無意識的にか責任対象から外しているものと考えます。要するに都合がいいということ。 逆に僕達も関わりの強い「ゲーム」へと責任が行くことが納得がいかず、対象としたくないために反発してしまうのかもしれません。 原因がどこにあったかを考えることは非常に重要ですが、ただ短絡的に納得のいく責任対象に責任を擦り付け、それだけで納得いき安心するという考え方を変えなければなりませんね。(この問題に対する責任は何かと考えるのはバカバカしいですね。) 長々と失礼しました。 |
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