37motoの日記/書き物


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12012/02/26 それはピカと光り、(中略)しばらくしてからドンという音がし...
22011/10/23 はたあきさんちのキョンくんはユミちゃんに恋することができ...
32011/06/26 トンネルを抜けて
42011/06/26 今さらの工場萌え対応
52011/06/24 16倍音分の無駄遣い
=>古記事6. 2011/01/16 年末年始はNHK、と。
 反応日時来客名来客者の最近のメッセージ
12011/10/23アマンドの木内容と関係ないコメントすみません。畑亜貴さんって、実在し...
22010/07/16雪霞間違えて日記を上げてしまった場合の対処法です。1) 日記全...
32009/01/17ホンコンヤキソバどうも初めまして。「雪の女王」を再掲しては頂けないでしょ...
42007/08/08たらこはじめまして。たらこといいます。誰も日記に書かれていない...

1. 2012/02/26 「それはピカと光り、(中略)しばらくしてからドンという音がした。」
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活動状態に関わらず、自分が書いた評に対しては、それが残る限り責任を負わないといけませんので、以下のコメン
トを記します。

東京に住むようになってからはほぼ毎年、メディア芸術祭の作品展に行くようにしています。評価の基準の良し悪し
は一般人には分かりませんが、ともかくもある一つの視点から切り取った、クオリティの高い「今」の集合体を一覧
できる機会は貴重+ときどき製作者の方にお話を伺えるのも楽しい、というわけで、今日ものこのこ出かけました。

アニメ部門の大賞受賞作はかの「まどかマギカ」というぐらいは知っていましたので、早速ブースに立ち寄りました。
たぶん他の展示イベントの内容を再構成したと思われる、コンパクトなブースには、等身大のまどかの人形…もとい
フィギュアがドーンと置いてあって、他の諸作品との違和感が際立ちます。ただ、おそらく来場者の皆さんの多くは
この作品に初めて触れるはずなのですが、実に冷静に作品を鑑賞されていて、たいへんすばらしい。マニアな方々の
異常な盛り上がりがないので、ゆっくり見ることができます。
壁には幾つかのシーンのイメージショットが飾ってあるのですが、その中でひときわ異彩を放っていたと思うのが、
バイオリンの楽譜。ちゃんと亜麻色の髪の乙女とアヴェマリアの譜面の実物=つまりセル画ではない=が置いてあるの
が、意味深長なのか、単に描くのが面倒なだけだったのか、悩んでしまいます。さらに、アヴェマリアは「ショット」
社の版だったのがびっくり。少しでもクラシック系の音楽に興味のある方なら、ショット版と聞けば思わず身構えて
しまうと思うのですが、私も展示を見ながらぽかーんとなってしまいました。いや、そもそもショットがグノーのア
ヴェマリアを出版していたことすら意外で…。うーん、私の勉強不足なのか、はたまたやっぱりたまたまなのか。
この作品は、音楽の演出が表面上の描写とは全くと言っていいほど異なり、じつに王道(基本に忠実な音楽構造)だっ
たのがとても印象的だったのですが、今回の展示は、改めてそれを実感させてくれました。
余談ながら、アフレコ用台本も展示していたのですが、ちょうど第3話の「あの場面」のページを開けてくれていま
した。あぁ、なるほど、こんな風になっていたのか。「!?」と「!!」を区別して演技しないといけない声優さんは大
変だな、と思いました。

さて、今回の私のお目当てはここではなく、別の場所にありました。
会場の一番奥にひっそりと展示されていた「功労賞 木下小夜子」のコーナーで、私の足は止まりました。
この方のお名前をご存知の方がこのサイトにどれだけおられるか、私には分かりません。でも、おそらく、今の全世
界でアニメーションのことをもっともよくご存知だと言える方の一人が、ようやくこうして表彰されることに、私は
心からのお祝いを申し上げます。
そこには、小夜子さんとご主人の蓮三氏(故人)がはじめた「広島国際アニメーションフェスティバル」のポスターが
全て展示されていました。これを見るだけでも、今日やって来た甲斐があったというもの。蒼々たる面々のユニーク
なイラストの数々は、飽きることがありません。このフェスティバルの理念である「LOVE & PEACE」が最も必要とさ
れる今年、確か14回目の大会が催されることは、偶然とはいえ、感慨深いものがあります。
ふと、展示の一番隅にモニターが置いてあることに気づきました。よく見ると、ちょうど「MADE IN JAPAN(木下蓮三
の代表作の一つで、文字通り世界中の映画賞を総なめにしました)」が始まるところでした。おお、まさかアニメの
上映があるとは思っていなかったので、これはありがたい。空いていた席に座ってしばらく観ることにしました。
いやはや、噂には聞いていましたが、どの作品もすごいすごい。たった10分程度ではあるのですが、最近のTVアニメ
1作品分ぐらいの世界観がちゃんとあって、しかもそれが面白い。私は伝説の「せんろ」を初めて観てしまった。もう
大爆笑!!
やがて、画面が暗転して、急に英語の字幕が登場しました。えぇと、なになに、1945年8月…来た! 来てしまった!!

そう、「ピカドン」が始まりました。日本語版ではなく、国際放映用のフィルムですが、本編が始まると日本語版と
何ら変わりはありません。私は10数年ぶりにこの作品と向き合うことになりました。しかも、全く予期せぬ形で。

約10分間、身じろぎもせずにモニタに映る映像と格闘していました。終わってから気づいたのですが、この作品が流
れ出してから、いつの間にか、多くの人がこのモニタの周りに集まっていました。
あの恐怖の映像は、わずか3分強しかないことを、今回初めて気づきました。でも、私の心の時計ではそれは何十分
のように思えてなりません。そしてもっと恐ろしいのは、あの瞬間を描くまでの長いプロローグの部分だということ
を、今回改めて悟りました。ひたすら時計が秒を刻む音だけが響くあの数分間は、今こうしてキーボードを打ちなが
らも、指が震えるぐらいの緊張感に満ちていました。
…そして時が流れ、男の子が広島の空に紙飛行機を飛ばします。その時、そっと流れるピアノのBGMが、とても優しく、
そして悲しく響いていたことを、もう一度思い出すことができました。この感覚は、確かにアニメーションならでは
のもの。
そう思った瞬間、私の思いはさっき見ていたショット版のアヴェマリアにジャンプしていました。あぁ、そうなんだ
なぁ。たぶん、「まどかマギカ」の製作者の中で「ピカドン」を意識した人は一人もいないと思うけど、アニメーショ
ンの本質は作品の枠を超えて共有され続けるんだ。こういう繋がりの豊かさこそ文化と呼ぶのであれば、日本のアニ
メーションは、確かに文化と呼べるのかな。
再見の機会を探し求めていた作品とようやく巡り会えた嬉しさと、思わぬところで最新のアニメとの接点に気づかさ
れてしまい、私はとても満足していました。まだまだ私の世界は狭いけど、それ故に世界が広がる喜びを感じること
ができるのです。今年の芸術祭運営スタッフの皆さんに、こんな所からではありますが、お礼を申し上げる次第です。

たとえ雑踏の片隅であっても、「ピカドン」を見ることができる機会は、本当に貴重だと思います。
もし、この作品に興味のある方は、時間と距離が許せば、国立新美術館まで見に行っていただければと思います。そ
してできれば、私のつたない評よりもずっといい文章で、この作品の良し悪しを論じていただければ、とても嬉しい
です。
…いや、ホント、ハンパじゃないですよ。これを見るとまどかマギカの10-12話の映像表現はまだまだ甘いということ
がよく分かります。痛みや苦しみ「そのもの」を描くということがどんなに辛い作業か、私は改めて実感しました。
それをやってのけてくれた木下蓮三・小夜子のお二方に、深く敬意を表するものです。

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2. 2011/10/23 「はたあきさんちのキョンくんはユミちゃんに恋することができるか」
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その日、ライトの眩しさに少々辟易しながら、私はスタジオの片隅に座っていました。「ある特定のモノコトをとこ
とん愛する人たち30名をスタジオに招いて、思いのたけを存分に語り尽くしてもらおう」というコンセプトで製作さ
れている番組があるのですが、とあるテーマを取り上げた回で、その30名の一人としてご指名があり、私は7時間近
くにも及ぶ収録に臨もうとしていました。
この番組には、扱うテーマに関係のありそうなゲストが参加するのが通例になっています。私達一般参加者には、ゲ
ストが誰だか事前には全く知らされていませんでした。本番が始まる直前になって、ADさんが声を張り上げました。
「本日のゲストが到着されたのでご紹介します。パパイヤ鈴木さんと畑亜貴さんです!」
どよめく会場。パパイヤ鈴木さんはこの30名でも十分知っている著名人ですが、畑さんって誰? たぶん、あの場にい
た参加者の中で畑という名前を知っていたのは、片手にも満たなかったに違いありません。かくいう私はその中の一
人でしたが、何かが頭の中に引っかかって、どうやっても思い出せません。
やがて撮影キューの声とともに本番の収録が始まりました。お約束の拍手に続いて、司会者が紹介を進めます。
「本日のゲストは、パパイヤ鈴木さんと、アニソンでご活躍の畑亜貴さんです」
その瞬間、ようやく私の頭の中で歯車が動き出しました。そう、畑さんは00年代を代表するアニソン作家の一人、
それも私からはもっとも遠い分野での第一人者といっていい方でした、この方の代表作といえばやはりあの「ハルヒ
(TV第1期)」のテーマ曲。動画投稿サイトに世界中のマニアな皆さんがダンスシーンをアップした(らしい…私はこの
手のサイトを今まで一度も見たことがありません)、確か第1回のアニソンフェスティバルでグランプリを取った、あ
の曲です。
うーん、これはすごい人選だ。番組の製作スタッフは、いったいこの人に今回のテーマで何を語らせようと言うんだ
ろう。私は若干の不安を覚えつつも、興味津々でした。

果たして、収録が進むにつれて、私の不安は見事に的中することになりました。番組のテーマにしたがっていくつか
曲が放映された後にフリートークが続くのですが、途中で挟まれる畑さんのコメントが、ことごとく見当違い、いや、
一般参加者の思いを逆なでする見方ばかりで、スタジオは幾度となく凍り付きました。なにせ、最初の挨拶が「いい
歳にになってもこんな音楽を楽しめるという皆さんのような人種と話するのが興味深い…」といった内容だった(さす
がに放送ではカットされました)のですから、後は推して知るべし。
収録の休憩時間になると、一般参加者の輪のあちこちで畑さんのコメントへの不満が爆発していました。私達ファン
の楽しみを全否定するような発言は許せない、あの人はこの音楽の魅力を何も分かっていない、あれでもプロのミュー
ジシャンなのか、などなど。…確かにそういう面があるのは否定しません。だけどその一方で、私は畑さんのコメン
トに頷ける部分もあるな、と感じていました。
ハルヒにせよ、らきすたにせよ、この方の代表作といわれる作品には、おしなべて中身がない。正確に言うと、特定
の趣味を持つ人だけに特定の感覚を想起させ、自由に発想(妄想)を膨らませることのできる束の間の時間を与えるこ
とに特化しています。私はこの手の作品を勝手に「超内向き空っぽ系」と呼んでいるのですが、畑さんはそういう作
品を作るのが実に上手い。天才と言って差し支えないでしょう。
ここで「超内向き空っぽ系」というのは決して蔑んでいるのではなく、こういう作品に対しては最大限の賛辞である、
と私は感じています。これは普通の感覚の人間がやろうと思ってできるものではありません。ぱっと見は確かに意味
がありそうな歌詞なんだけど、読めば読むほどそこに意味を見つけるのが難しくなってくる、というかそういう作業
自体が無意味になる。でも、あるごく一部の人たちにはその中に無限のセカイを感じさせ、その中でいつまでも遊び
続けることができる。そういうセカイを創り出せるのは、一種の才能だと思うのです。ただ、私+当日の一般参加者
の全員が、そういうセカイを知らない/魅力を感じないだけなのです。
視点を変えると、今回の番組で私達が魅力を語ろうとした音楽は、畑さんが目指す音楽からはもっとも遠い場所にあ
るものでしょう。だって、まがりなりにもそれを鑑賞する全ての皆さんに何かを伝えたい、というコンセプトで作ら
れているのですから。畑さんにとっては、ご自身がもっとも嫌悪するもの=ごく一般の市民が普通に味わう感覚を素
直に表現しようと試みる音楽=を延々と聞かされながらコメントを続けていたわけです。その結果が、あの一貫して
曲の魅力を否定するかのようなコメントになったのだとしたら、これはこれで興味深いものがあります。
確かに、この音楽のファンの一人としては腹立たしい部分もあるのですが、畑さんとしては実に真摯なコメントを続
けていたわけで、一つの視点としては十分傾聴に値するんじゃないか、と私は感じていました。

さて、後半の収録が始まっても、畑さんは相変わらずのコメントを連発し、スタジオを凍り付かせていました。だけ
ど、いよいよ収録も終わりに近くなってきた時、意外な進行が待ち構えていました。
とある、現代フランスの童謡を元にした曲が流れた後、畑さんは今までにない熱意を持って話しはじめました。それ
は、この作品を編曲した栗原正己さんへの賛辞でした。「栗さまのアレンジは一見ユルい感じなんですが、実は、も
のすごく作り込んでいるんですよ。音を足していくのは簡単なんだけど、それを抜いていった時に、決して手抜きで
はなく計算されている感じがするんです…」
あっけにとられるスタジオ。今までの薄ら寒いコメントはいったいなんだったんだと思わずにはいられない、曲への
熱い思いがほとばしるトークが続き、一同感心することしきりでした。
そうなんですよね、畑さんだってちゃんと曲を冷静に分析し、それを私達に分かる形で伝えることができるんです。
ゲスト席に座って初めてストライクゾーンに入る曲が来たものですから、きちんと反応して、見事な場外ホームラン
を放った、そんな感じがしました。
そして収録の最後になって、畑さんお気に入りの一曲が紹介されました。それがなんとビックリ「赤い花 白い花」。
またまた今までのコメントはいったいなんだったんだろうといぶかしがるスタジオなのですが、ここで畑さんがなぜ
この曲がいいのか、魅力を語ってくれました。曰く、全て日本語で、しかも特別な言葉が全く使われていない。だけ
ど歌詞からの想像の余地がとても幅広い。そして何より、媚や艶がない。透明感の中に、聞き手がさまざまな思いを
感情移入させることができる…
あぁ、これはすばらしい。さすがプロの作詞家だけあって、お見事な解説。とりわけ「想像の余地が広い」というの
は、かなり歪んではいるものの畑さんの作品に共通するキーワードでもあり、彼女の音楽性の源の一つが思わぬとこ
ろにあることが、この発言で明らかになりました。あれだけ聞き手に媚を売り、とても一般人には理解できない艶を
塗り重ねた曲を作り続けながらも、彼女はその正反対の曲に美を見出している。そのギャップが私にはとても興味深
く感じられました。
私の音楽フィールドは基本的にクラシックとその周辺ですが、アニメの音楽を決して毛嫌いするものではありません。
まぁ、聞くに値する作品は十に一つもないのは事実ですが、それでも何か輝くものがあれば積極的に評価しているつ
もりです。今回、その中でも私がもっとも縁遠く感じていたグループの主要なクリエイターとの意外な接点を目の当
たりにして、私はかなり驚きました。
私と畑さんでは求める音楽のあり方が全く異なる。しかもあちらはまぎれもなく才能あるプロの方で、私はただ良し
悪しを話すだけの一般人で、二人の音楽の好みは一見ほとんど180度異なります。その二人が全く同じ楽曲に同じよう
な魅力を感じている。その不思議な感覚は、言葉では上手く表現できません。
たぶん、私はこれからも畑さんの作品をいいと思うことは少ないでしょうし、畑さんが私が楽しむ曲にことごとく冷
たい感想を持つことも確かでしょう。ただ、どんなに立場や感性が違っていても、音楽を楽しむということに違いは
ないんだな、そんなことを感じた一日でした。

…それにしても、いかに私がおバカな人生を歩んできたかが、まさかこんな形で証明される日が来るとは、思いもよ
らなかった。この手の番組は何らかの参加者募集をしているのだろうと思っていましたが、ある日製作会社のスタッ
フから「○○さんにはぜひこの番組に協力してほしいので、話を伺いたい」とメールが来たのには、本当に驚きまし
た。要するに、おバカのきっかけを生み出してくれたTV局から公認されたようなものなのです。これはもう笑うしか
ない。
このサイトにはたくさんの方がお集りで、中にはある分野で顕著な業績を上げている方もいるのでしょう。ただ、
「あなたは、この分野において日本の中でTOP30に入るおバカさんです」と認定された経験をお持ちの方は、そうそう
おられまい。この点において、既に隠居者である私は、他の皆さんよりおバカ度のステージが一段上だと言っていい
のかもしれません。

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アマンドの木 さんのコメント (2011/10/23) [編集/削除(書込み者/所有者が可能)]
内容と関係ないコメントすみません。
畑亜貴さんって、実在したんですね・・・いや、ホント最近の歌は石を投げればぶつかるレベルでこの人の名前が出てくるんで、複数の人が共通のペンネームを使っているとか、著作権管理用の名義とか、そういうのだと思っていた。


3. 2011/06/26 同日2番目 「トンネルを抜けて」
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連休明け直後のとある平日、私は早朝のバスで盛岡から宮古に向かいました。宮古駅前は若干標高が高いこともあって、
比較的被害も少なく、信号も動いていたのですが、そこから100mも移動すると、信号はおろか、津波の被害にあった家々
が取り壊しを待つ光景が広がっています。これがもうすぐ被災後2ヶ月になる町並みなのか、と衝撃を受けながら、私
は与えられた仕事をおろおろとこなしました。
そこでの用事が終わり、時間に余裕ができた私は、運行を再開していた三陸鉄道に乗って、以前旅したことのある田
老に向かうことにしました。1両編成のディーゼルカーの中はちょうど座席が半分ほど埋まる程度のお客様で、ガラガ
ラだった震災前に比 べるとずいぶんと賑やかです。新聞記者が乗り込んでいて、地元の方にあれこれ取材していたの
も、騒がしさに一役買っていました。車内にはマニアな方が送りつけたらしい「鉄道むすめ(?…私はこのシリーズを
全くと言っていいほど知りません)」の激励イラストがいくつも貼ってあり、部外者から見るとちょっと不思議な感じ
なのですが、地元の皆さんは気にも留めずに平然と座っているのが、何とも楽しい。やがて定刻になり、出発信号の
手旗代行という目頭が熱くなる手順を経て、列車はゆっくりと宮古駅を出発しました。
三陸鉄道の旅は、東京に住むようになった私にとって大のお気に入りコースで、これまでもたびたび訪れています。
列車は大幅な徐行を続けてはいますが、車窓から見える景色は以前とは大きな違いがなく、私は少しほっとしていま
した。でも、このトンネルを過ぎると田老の町並みが見えるという場所に差し掛かると、テレビの報道を見ていた私
は、さすがに身構えました。そして、ついにそのトンネルを列車が通過して…

田老の駅に降り立った私は、そこから海側に広がる景色に、言葉を失いました。何をどうやって表現すればいいのか、
本当に言葉が見つかりませんでした。もう十数年昔、震災後はじめて新長田の町をJRの車窓から眺めた時と同じ、巨
大な空白というか虚無が、私を覆い尽くしました。
何分かが過ぎ、晴天の中、私は以前親しんでいた田老の町だった場所を黙々と歩いていました。やがてかつては世界
一とも呼ばれた防潮堤にたどり着き、その変わり果てた姿に再び呆然となりました。それはいちおう立ってはいるも
のの、これだけ基礎が損傷すると、強い波に耐えることはできないでしょう…あの津波の引き波の凄まじさを、私は
実感しました。
そして、なんとか堤防の上に登って田老駅の方を振り返って、私は三たび唖然としました。震災後田老の町を覆い尽
くしていたがれきはほとんど整理されたのですが、その行き先は、私が立っているこの堤防の前。そして、がれきは
ちょうどこの堤防と同じ、高さ約10mまで積み上げられていたのでした。私の目の前には、たぶん男の子のものらし
いランドセルが無造作に積まれていました。その上には自転車が何台も折り重なっていて、その横には洋服入れが転
がっていて…本当はがれきと言ってはいけない、もっと大切なものがそこに積み上げられているということは、私に
だって分かります。でも、それを「がれき」としか呼ぶことができない自分を、私は恥じました。
本来の堤防ではなく、津波の結果生まれてしまったがれきの堤防に守られている、今では誰も住んでいない田老の町
並み(だった場所)。悲劇という言葉では追いつかない、圧倒的な何かが、そこにはありました。私は祈らずにはいら
れませんでした。誰/何に対して? 何を祈るの? いや、宗教なんてものとは無関係に、ただ、自分の思いを手を合わせ
て表現したかった。かもめがのんびり空を舞い、ごうごうと風が鳴る堤防の上で、私は立ち尽くしたまま、動くこと
ができませんでした。
田老からの帰りのバスで、あの日堤防の上で津波に飲まれてゆくご主人の姿を淡々と問わず語りしてくれたおばあさ
んの表情を、私は一生忘れないでしょう。私がそのお話を伺うことで、あなたの心の痛みが少しでも和らいだなら、
私はあの日最も大切な仕事をそこでしたことになるでしょう。

もし、この文章をお読みになっている方がおられるなら、私から一つお願いがあります。
もし、あなたが被災地の外にお住まいなら、この夏ぜひ一度、今回の地震で被害にあった場所…できれば海沿いの町
を訪問していただきたい。ボランティアをしろというつもりは全くありません。ただ、かつて町だった場所を訪れる
だけで十分です。誤解を恐れずに言えば、周囲に迷惑をかけないなら物見遊山でもかまわない。私達の社会がどのよ
うな経験をしたのか、実際に見つめることは、これから私達がどのように生きていくのかを考える時に、欠かせない
何かを与えてくれると、私は思います。
その時は、できる限り公共の足を使って。そしてできる限り現地でお金を使って。私達が百円玉一つ多く被災地で消
費することが、今大切なことだと思います。

私は今、生きている。このことをこれほど真剣に考えたことはない。そんな一日を、私はあの日過ごしました。

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4. 2011/06/26 「今さらの工場萌え対応」
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私は「鉄マガ」というメールマガジンの配信を受けています。といっても、いわゆる鉄道マニア向けのメルマガではな
く、(社)日本鉄鋼連盟の広報用メルマガです。仕事柄、こういうお堅いメルマガばかり取っているのですが、先日ちょ
っと変わったメールが届きました。曰く「鉄鋼連盟のサイト内に、『製鉄所フォトギャラリー』を開設しました。製鉄
所の美しい夜景や、普段見ることのできない迫力ある製鉄設備など、さまざまな写真をご覧いただけますので、是非お
楽しみください。」
ついに、とうとう、あの鉄鋼業界が「工場萌え」に対応し始めたのか。私は仕事中にも関わらず笑いこけました。早速、
そのコーナーにアクセスすると、おぉ、あるわあるわ。製鉄所関連のレアな写真がいくつも掲載されています。製鉄所
の夜景は、よくこんな風に撮影できたなぁというほどの出来の良さで、思わずうなってしまいます。それ以上に興味を
引くのが、おそらく一般の人には何のことやらさっぱり分からない、謎の巨大設備の数々(笑)。いやぁ、いくら工場萌
えの皆さんでも、このアングルからこれらの設備を見ることはおそらく一生ないでしょう。
しばらくすると、私の机の周囲に数人の社員が集まって、「この設備は○○会社の○○製鉄所、これは△△製鉄所かな…」
などと、1枚の写真からいろんなことを想像し始めます。いやはや、これぞマニアック。よくよその会社の設備まで知っ
てるなぁと、私は感心していました。
私のこの業界でのかなり珍しい経歴のおかげで、このコーナーに掲載されている設備のほとんど全ては、(製鉄所の違
いを除けば)全て実際に見学したことがありますし、中には写真と同じアングル(=危険なので立入り厳禁)で見たことの
ある設備も幾つかあります。特に、「冷間圧延」の写真に写っている特殊な圧延機(ゼンジミアミル)のまさにこのアン
グルを見たことがある人は、業界の中でもあまりいないはず。いやぁ、鉄鋼連盟さん、太っ腹ですなぁ、というのが率
直な感想でした。
しかし、その私ですら、というか、その場に居合わせた社員の誰もが実物を見たことがない設備が一つだけありました。
それは「ステッテルミル」。日本に確か1機だけあるとは聞いていたのですが、それを写真で見ることすら今回が初めて
で、モニタに広がった拡大写真を前に誰もが「これがそうか…」などと感嘆の声を上げていました。もし、ステッテル
ミルを所有する企業にお勤めの方がこのページをご覧になる機会があれば、私に見学させていただける機会をいただけ
れば、こんなに嬉しいことはありません。ぜひご一報を…
それにしても、どの産業でもそうなのですが、とりわけ鉄鋼業の生産設備の楽しさは、ちょっと他では味わえないもの
があります。私が就職した当時「工場萌え」なんて言葉はもちろん存在しなかったのですが、こうして写真を見ている
と、私は結局工場萌えが嵩じてこの業界に入ったのかも、とついつい思ってしまうのでした。
これで、スラブの熱片輸送車やトーピードカー、鋼材輸送用RO-RO船などの輸送車両(船)や、コークス炉、昔懐かしい
インゴット鋳造、電磁鋼板のベル焼鈍機といった設備の写真が揃えば、まさに鉄鋼業版工場萌え完全制覇といったとこ
ろ。ついでに石炭山とか巨大ガス配管なんかがあれば満点。鉄鋼連盟さん、どうぞよろしく。

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5. 2011/06/24 「16倍音分の無駄遣い」
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その荷物を届けてくれた宅配便のお兄さんは、荷札にあった「リコーダー」という単語を見て、「これ、本当にリコー
ダーなんですか?」と私に尋ねてきました。私が苦笑しながら「そうですよ」と答えると、お兄さんは曖昧な表情で私に
その荷物を渡してくれました。お兄さんが怪訝に思うのも無理はない、梱包材込みのその荷物「リコーダー」は重さが
15kgはあったのです。
去年の晩秋、私は思い切ってコントラバスリコーダーを注文しました。スイスのメーカーで受注生産すること約5ヶ月。
発送直前に震災で日本向けのコンテナ船が出航延期になるトラブルをくぐり抜け、ようやくこの楽器が私の手元に到着
しました。私はいそいそと部屋に荷物を運び込み、梱包材と格闘を始めました。
…デカイ。ようやく楽器ケースを開けて、初めて楽器と対面した私は、思わずそう口にしました。これはリコーダーと
いうよりも、何か木製のロケット砲みたいな雰囲気です。とにかく各パーツが重い、というより持ちにくい(直径15cm
ぐらいあるのです)ので、組み立てるのがたいへん。悪戦苦闘すること約10分、ようやく本来の姿になったこのリコー
ダーを床に立てて、私は爆笑しました。なんせ普通の木のように、自立して床に立ってしまうのです。しかも私の身長
より高い(200cm以上あります)。楽器を持つとずっしりと重さを感じます…だって5.5kgあるのです。これが学校で吹い
ていたあのたてぶえと同じ仲間とは、普通の人には理解してもらえないでしょう。
この楽器、音域は普通のアルトリコーダーの2オクターブ下になります。楽器の大きさとしては、アルトリコーダーの
4^3乗=64倍ぐらい(長さは4倍)です。実際に演奏すると、確かにリコーダーの音が鳴るのですが、それが洞窟の奥から
こだまして響いているような、独特の雰囲気があります。なんせヘ音記号記音ままの音がリコーダーの音色で響くので
す。今まで他の人の演奏は聴いたことはあったけど、自分で演奏するとこんなにも感じる音が違うのか、とビックリし
ました。
先日、アンサンブルの練習にこの楽器を初めて参加させました。レッスン仲間もどんな音が出てくるのか興味津々です。
果たして、和声練習の最初の音をみんなで吹いた瞬間、私も含め全員が演奏をやめて「わぁ!」と驚きました。それは
もう圧倒的な差音の世界。バスリコーダーの1オクターブ下の音が鳴っているだけなのですが、アンサンブル全体の音
の広がりが、もう全然違います。もうこの楽器抜きで練習なんてできない、という声があちこちから聞こえ、私は一瞬
だけヒーローになりました。
特にコントラバスを演奏する私から見ると、ソプラノまで入れると約4オクターブ分の音の積み重なりが、私の楽器の中
で一つの響きを作り出していることが、文字通り手に取るように感じられるのです。おぉ、これはすごい! すごすぎる!!
この楽器から数えて第16倍音ぐらいまでが同じ種類の楽器で演奏されるので、その差音の響きの豊かさは、ちょっと言
葉では表現できない。それがいったん私が吹くこの楽器に集中するのですから、その力はすさまじく、楽器に息を吹き
込む圧力を変えないといけないぐらいです。これはカ・イ・カ・ン! まさにこの楽器でしか体験できない世界を、私は
ついに知ってしまった…
というわけで、私はついに日本に3桁しかいないコントラバスリコーダー持ちになってしまいました。同志はたぶんコン
トラバスフルートよりは多いはずですが、コントラファゴットよりは少ないに違いない。3年間毎月爪に灯をともす思い
で貯めてきた預金があっという間になくなってしまいました…定価では約80万円するのですから、先生のご紹介で割引
があったとはいえ後は追って知るべし。あぁ、ムギちゃんが羨ましい…。それよりも、今は年に1回約20分のステージに
参加させていただいているのですが、これがあと10年続くとして、1回のステージ当たりの単価が8万円=1分当たり4千円
(定価ベース)と考えると、自分のアホさ加減に頭がくらくらとしてきます。
道楽ここに極まれり。たぶん、私の一生でもっとも無駄なお金の使い方でしょう。でも、だからこそこの楽器を持つ喜
びがあるというもの。一生分の贅沢をやってしまった私は、今確かに幸せなのでしょう。あとはせめて、この楽器が哀
れにならないように、少しでも演奏の機会を増やすことができればいいのですが、果たしてどうなることやら。

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=>古記事6. 2011/01/16 年末年始はNHK、と。