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でらしね(日本映画)


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英語タイトル: Derashine

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2008/02/02 普通 [編集・削除/削除・改善提案/論客限定表示/]
by どうか Kappa と発音してください。 評価履歴[良い:170(33%) 普通:214(41%) 悪い:133(26%)] / プロバイダー: 7683 ホスト:7691 ブラウザー: 4184
でらしねとはフランス語で根無し草の意。
奥田瑛二の芸術家としての顔を堪能できる。というか自分の才能を観てほしい作品なのではないだろうか……。
ホームレスの絵描きである水木譲司(奥田瑛二)が橘今日子(黒沢あすか)と出会い、生涯に一度の大作を作成することになり、そのまま肉体と精神を昇華させていく。が、あまりにも水木に都合のいい話、つまり監督の都合のいい話になってしまっている。ホームレスながらも画家としての才能溢れる男。酒の飲みすぎと不摂生な生活からボロボロの体になり、ひとりの女と出会うという、絵に描いたような芸術家としての人生を送る物語だ。その発想があまりにも安直だし、水木がそんな生活を送っていることにも切実さがない。生ぬるい芸術家を見ているようなのだ。そして物語そのものは単純でわかりやすいのだが、登場人物の苦悩や心の機微が見えてこないのだ。重たい題材のわりに迫るものがなかった。

黒沢あすかに関しても『六月の蛇』のときとは違って、そこにミステリアスな女の性が感じられない。生活臭もなければ神秘性もない。ただ一人の女。モデルとして体をさらけ出す人間としてのイメージが本作では強い。ラストあたりで水木と体と心を交わらせるシーンがあるのだが、そこでもそこにはただ、肉と肉の絡み合いだけしか感じられないのだ。

奥田瑛二の絵画作品(とくにダンボールに描いた作品)はエグイ構図だが、その中にどこか子供っぽいかわいらしさがある。

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