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読み仮名: ひめゆりのとう 1995 / 英語タイトル: Himeyuri No To (The Tower of Lilies 1995)
2006/12/11 良い [編集・削除/削除・改善提案/論客限定表示/]
by 634 評価履歴[良い:1440(50%) 普通:574(20%) 悪い:874(30%)] / プロバイダー: 11451 ホスト:11727 ブラウザー: 5234
吉永小百合が出ていた古いモノクロ版の方が印象は鮮烈でした。そのせいか、こっちの新しい方はそれ程惹かれるようなものが無く、沖縄の歌に切なくも美しいメロディの方が印象に残ったというべきでしょうか。
一応沖縄戦を捉え、弱い立場である乙女達が・・・・・・というのが確かに哀しいし、こんな無垢な乙女達を戦争の犠牲にした日米両国は許せないのですが、戦争反対テーマを出すにはイマイチパンチ力不足だったと思います。それというのも、豪華キャストが多くて、「泣いて下さい」という演出が多かったし、それだけ・・・・・・というイメージもあります。
沖縄戦は非常に悲惨なものであり、日米両方に入らぬ犠牲を払わせた愚行だし、8月15日の後も沖縄県民達の心が安らぐ事はなかったのだし、今だってアメリカの基地が居座って、利益よりも害の方を与える傾向が顕著なので、余計にそんな思いをしてしまいます。そんな今の沖縄の現実を考えると、この作品はちょっと、今と昔の沖縄を捉えているのか、という点では?マークを付けます。
確かに沖縄戦を捉えていますが、故吉村昭の「殉国」といったドキュメンタリー作品と比べると・・・・・という部分があります。内容も暗いのですが、それでもこういった民衆視点の戦争映画とはいやがおうにも暗くなるものなので、その辺りは日本映画の伝統は捉えていました。しかし、モノクロ版に比べると・・・と思うとちょっと、劣りそうです。
しかし、この作品自体が今も基地問題に揺れる沖縄への目を多少は向けさせてくれたのも確かといえばいえる(公開年、沖縄で米兵による少女暴行事件が起こった)でしょう。しかし、沖縄は地域振興策の美名の元に日米地位協定の強化などという国民にとって物騒この上ないみたいなことをやっているし、平和だった沖縄を蹂躙した日米両政府の一方的な決定には沖縄県民の思いは今でも踏みにじられているように思えます。
この映画のような事態が今の沖縄で起こるとは思いたくはありませんが、沖縄に今も尚刻まれ、消える事のない戦争の傷を触れるという意味ではこの作品は重要ではあるでしょう。
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