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[アニメ]涼宮ハルヒの消失: 推薦を受けた評価(感想/レビュー)


すずみやはるひのしょうしつ / The Disappearance of Haruhi Suzumiya(Suzumiya Haruhi no Shoshitsu)
注意: これはアニメ版。その他メディアのページ: 文学:涼宮ハルヒの消失
関連作品
アニメ総合点=平均点x評価数139位/3,702作品中(総合142/偏差値66.96) 138位<= =>140位
アニメ平均点(評価10個以上限)160位/2,044作品中(平均1.87=とても良い/76評価) 159位<= =>161位
2010年アニメ総合点1位/164作品中 =>2位

評価統計
評価平均とても良い(1.87 pnt)
評価総合点142.12
アニメ順位(平均点)160位(2,044作品中)
アニメ順位(総合点)139位(3,702作品中)
偏差値(総合点)66.96
最高の中の最高1

人数3223105240
割合42.1%30.3%13.2%6.6%2.6%5.3%0.0%
加算分布42.1%72.4%85.6%92.2%94.8%100%100%
分布要約85.6%6.6%7.9%
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映像2.69(最高)32
声優・俳優2.16(とても良い)32
キャラ・設定2.12(とても良い)32
ストーリー2.03(とても良い)32
音楽1.62(とても良い)32
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可愛い38%12人/32人中
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作品紹介(あらすじ)

クリスマスが間近に迫ったある冬の日。学校に向かったキョンはいつもの日常と違うことに気づく。
後ろの席にいるはずのハルヒがいない……。
さらに驚くべき事に、その席に座っていたのは、(『憂鬱』にて)キョンを殺そうとして長門に消滅させられたはずの朝倉だった!

[スタッフ]
企画:安田 猛嵐 智史八田陽子酒匂暢彦井上俊次
原作・脚本協力:谷川 流
原作イラスト・キャラクター原案:いとうのいぢ
脚本:志茂文彦
キャラクターデザイン・超総作画監督:池田晶子
作画監督:西屋太志
美術監督:田村せいき
撮影監督:中上竜太
設定:高橋博行
日本 公開開始日:2010/02/06(土) 映画
公式サイト
1. 涼宮ハルヒの消失・京アニサイト【トップページ】
2. New Document
オープニング動画 (1個)
冒険でしょでしょ?冒険でしょでしょ?
歌:
平野綾 詞:畑亜貴 作曲:冨田暁子 編曲:藤田淳平 [ファン登録]
エンディング動画 (1個)
優しい忘却優しい忘却
歌:
茅原実里 詞:畑亜貴、原案:谷川流 作曲:伊藤真澄 編曲:虹音 [補記] [ファン登録]
プロモーションビデオ (3個)
「涼宮ハルヒの消失」劇場版予告編「涼宮ハルヒの消失」劇場版予告編
「涼宮ハルヒの消失」劇場版TV-CM 絶賛公開中編「涼宮ハルヒの消失」劇場版TV-CM 絶賛公開中編
「涼宮ハルヒの消失」特報「涼宮ハルヒの消失」特報
音楽集
1. 涼宮ハルヒの消失 オリジナルサウンドトラック|HMV ONLINE
2. 優しい忘却 劇場版「涼宮ハルヒの消失」主題歌|HMV ONLINE
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海外1,75500
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最終変更日:2011/01/15 / 最終変更者:S・N / その他更新者: みゆきちいいいいい / kunku / 提案者:管理人さん (更新履歴)
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[推薦数:4] 2010/02/25 とても良い(+2 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:1(100%) 普通:0(0%) 悪い:0(0%)] / プロバイダ: 14115 ホスト:14028 ブラウザ: 13880
【良い点】
シンプルな切ないラブストーリーで、TVシリーズ前提なら珠玉の一遍。
世界を変え、仲間に迷惑が及び、キョンを困らせてしまう事も覚悟のうえで、結果が判っていても思い切って「自分の想い」を告白した。(でも素直に言えず「あなたの望む世界」と言い換えてしまう)やはり受け容れてもらえなかった。キョンは自分への思いやりか、鈍感なのか、戸惑い隠しなのか、告白にも気付かなかったフリをしている。相手のもとを去ろうとも考えたが、大事な仲間だからと引きとめられた。つらいがこの失恋も相手との大事な想い出として、相手の傍らにいる事を選ぶ女の子の話
心の底では判っているが、「長門の自分への想い」を「疲れ」と、「ハルヒへの想い」を「面白い方・・」と言い換えてしまう。覚悟を決めて心の整理に来た長門に対し、何とも思ってないというフリに徹しきれず、雪が降ってきたのを言い訳にして「有希」と呼んでしまう。「本当はすごく未練があるんだぜ。一番はハルヒだが」と言ってしまった様なもんだ。キョンの行為は優しいようで、ある意味とても残酷。だから切ない。エンドロール後のラストシーン。あれはキョンが、作品世界が、製作スタッフが、長門にせめてもの贈り物として見せた、つかの間の幻想? いつかどこかで二人が生まれ変わり出会えたなら、今度は・・・。男の子のシャツの「リターンキー」マークが「エンターキー」とは別の可能性の象徴と思えた。長門が本で隠したものは? 抑えられない微笑みとあふれる涙?
TVシリーズや原作同様に、キョンのモノローグが続く。饒舌で何でもベラベラと説明しているのだが、特定の部分は不自然に避けて通る。逆にそこが核心だと浮き彫りになる。映像も何となくそれを裏付けてくる。語られない「ハルヒへの想い」「長門の自分への想い」「長門の想いをどう感じているか」「ハルヒが不思議な力を持っているのは、そんな世界に憧れていた自分が原因では?」などなど。
劇場版では更にこの演出方針が徹底されていると感じた。改変世界の長門への印象。長門だけ素振り性格が改変前と違い薄々改変の犯人と感じてるところなど、原作にはあるが削除されている。
逆にしつこいほど重ねるキョンの自問自答は「面白い」と言い換えて懸命に自分を納得させていると感じさせてくれる。本当は申し訳なく思っている。「疲れ」「面白い」も大きな理由であるが真にウェイトを占めるものは別にあると。しかも、さかのぼってエンドレスエイトで長門が感じたのはやはり「疲れ」ではなく何万回繰り返しても自分の発するメッセージに気付いてくれない。 「元気にしてるか?」の後、言葉を待っても、もう一歩踏み込んで訊いてくれないキョンに対しての寂しさだった?と思えてしまう。わざと語らない、見せない、置き換える事での思わせぶり演出が、原作よりも強調され、より強いか幅のある印象や解釈に誘われる。 原作を忠実になぞっただけではなく、シリーズも巻き込んで強調したハートブレイクストーリー。
「涼宮ハルヒ」自体が不思議な力と世界のお話であり、裏ストーリーはラブストーリー。「憂鬱」の方は周囲からすると「本当にお気づきでないのですか?」をコメディ要素にした、キョンが「ハルヒが自分を王子様と思っている」と気づき、「ハルヒは自分のお姫様」だと認めるラブコメでしたね。
確かに「消失」の演出では各話ブツ切りで散漫なTVでは効果が薄く、充分な間と連続上映、劇場という閉鎖空間が必要と思える。普段は無表情で動きのない長門。改変後豊かになったと言っても、すごく引っ込み事案な少女。それを浮き彫りにする極めて表情と仕草の豊かなモブキャラを含む他キャラ。だから、どうしても製作費を考えても劇場版にしたかったのか。

【悪い点】
これはもうファンのためというより、製作者が自分の観たいものを作りたいように作ったのだと思う。
ついて来れるものだけついて来なさいと。批判を受けて当然の構成。初見の観客うけするような派手なシーンやエピソードも付けくわえない。興業成績の期待できない長尺。新規ファンは獲得しづらく、シリーズ継続に逆効果な劇場版。ついでにあの「エンドレスエイト」。金もうけとは感じられないが、やはり一般観客やファン無視であると感じてしまう。ファンの為でもなく会社の為でもない。すべては、どう思われようが自分達の好きな「消失」は自分達の納得のゆく形でつくるため。TVシリーズ自体も、無理なやりくりも、そのための布石。納得のいく「ディレクターズ・カット」なぞ何年後か、作る機会があるのかもわからないから、無理を承知で今・・・。 本当にそうなら、理解できると言えないが、ある意味うらやましい。
【総合評価】
世の中には、もっと手頃な時間で観客サービスの良い、親切で面白い映画はいくらでもある。
だから、それを考えると70点かな? でも今回の劇場版以外での形での「消失」の映像化は俺も望まない。これはこれでいい。

[推薦数:1] 2011/06/13 良い(+1 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:84(56%) 普通:28(19%) 悪い:38(25%)] / プロバイダ: 24471 ホスト:24392 ブラウザ: 11272
【総合評価】

原作は未読ですが、TV シリーズは視聴済みです。

流石は京アニだと思える作画のクオリティーだと思います。 作品時間の 3 年前の七夕、そう繋がるのか─、と納得させられました。

長門は可愛かったですね─、しかし、映画作品としては微妙だったように思います。 それは主人公であり語り部であるキョンに、まったく感情移入も出来なければ共感も出来なかったからだと思います。 本来なら 「行間を読む」 などして物語を楽しむところを、恐らくは地の文で語っており、それを作中キョンが語っているからだと思います。 それが作風だと言われれば、私がこの作品に合っていないのでしょう。

作中におけるキョンの描写が、大根役者の演じる三文芝居のような感じだったのも、素直に楽しめなかった原因ではないかと思います。 結果的にキョンは元の世界に戻れましたが、根本的なことは何も解決されなかったと言うのもあると思います。 ただ、「涼宮ハルヒの憂鬱」 と言う TV シリーズからの雰囲気は十分に保たれていたと思います。

評価は 「良い」 とします。

[推薦数:1] 2011/05/07 とても悪い(-2 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:545(44%) 普通:0(0%) 悪い:695(56%)] / プロバイダ: 3334 ホスト:3198 ブラウザ: 15254
それ程悪い作品ではないんだけどとても悪いつける理由は3つぐらいあって、一つ目は期待し過ぎた、2つ目はありきたりなネタ、3つ目が映画ではない。
評判は良いのは聞いていて確かに見終わったあと悪くなかったのかなと思いはしたけど、感動したとか内容があったとか余韻とかそういうのはなくてストーリーも平凡だし期待した程ではなかった。

パラレルワールドのネタ自体やり尽くされた感があって目新しくも何ともないし、このありふれたネタの中でどうストーリーを凝っていくかなんだけどはっきり言って読めるし意外性も驚きも何にもなかった。

一番近いところで言うとうる星やつらがあるけど正直うる星やつらの100分の1も面白くなかった。
うる星やつらの映画版の方は本当に次に何が起こるか分からないドキドキな展開があってまさに夢の中にいるような感覚が味わえた。
でもこの作品はストーリーを重視してるのもあるだろうけど、そういったイマジネーションの方が乏しくて個人的にはありふれてるからそこら辺に転がってる作品と同様に何の面白みもなかった。
うる星やつらと似てるなと思ったのはSF的なところだけではなくて、ハルヒが居なくなって口では嫌なこと言ってても本当は会いたいキョンの心境が、ラムが居なくなったと勘違いしてついつい本音をもらしてしまったあたるの回と被って見えてしまった。

所詮TVアニメの4〜5話を一気に観たってだけの話で映画ではなかった。
映画のようなメリハリや盛り上がりや内容や余韻といったものはなかった。
淡々と2時間40分何の起伏も盛り上がりもないダラダラなストーリーの羅列を見せられただけかなという感じ。
2時間40分長くは感じなかったけど、普通映画の場合後半に向けて盛り上がっていかなきゃいけないし、これだけ長ければ何度も大きなヤマが来てもおかしくないんだけどTVアニメと同じ感覚でやってるから抜け切れなかった。
普通にTVアニメでやっとけばいい話で映画にする必要はなかった。
ドラマの延長線上で映画作ったりする奴もそうだけど、まず間違いなく初見の人は楽しめないしドラマやアニメと映画は違うってことを知らなければいけない。

同じようなネタ自体TVアニメの方でもやってたし、なぜわざわざ映画でやるのか分からないしそっからして意外性を奪ってしまった。

だいたい大きく分けて以上の3つからとても悪いをつけるけど他にも気になったところはあって、基本的には結果が先に来てるのでストーリーが予定調和だったり矛盾してるところは多々ある。

声優の演技もイマイチで印象がガラリと変わってるはずのハルヒなのにいつも通りのハルヒで軽い演技でしかなく重たい冷たい雰囲気がなかった。
その後の脚本のせいかも知れないけどいきなり信じていきなりハルヒのキャラも変わり過ぎている。

これがやりたかったのは結局長門に萌えさせたいだけでその狙いは分かるけど、個人的にはストーリーとか内容を見て萌える事はあってもアニメキャラ自体に萌える事がほとんどない自分にはあまり楽しめなかった。
かわいいなとは思うけど狙い過ぎてる部分もあるし人間の仕草とか描写ってのは見えすぎてしまってはいけないし、反応とか作画とかも大げさなのでそっからしても見え見えというのか逆に拒絶反応が出てしまった。
大げさと言えば演出も大げさで一番盛り上がるハズの自分の思いに気付くシーンやそこでいきなり大げさな音楽になったり死にそうになるシーンなどもセンスはないなと思った。
死ぬシーンにしたって盛り上がりを作りたかったのかいきなりな展開だしそれで大げさな見せかけの演出をしてしまってはいけない。
確実に外しているし演出はそのシーンや展開に合わせて理解してやっていかなければならない。
気付くシーンにしても自分自身に踏まれとかも狙い過ぎだし、意味不明な夕日とかもワンパターンだし自分に気づかされるネタ自体はありきたりだからもっと工夫していかなければならない(そこまでの持って行き方とかも)。
刺して踊ってるシーンなんかにしてもそうだし演出だけを置いているというのかズレているから演出だけが浮いてしまっている。

TVアニメの延長線上でしかないから仕方ないけど最後もダラダラと長いし引っ張り過ぎ。
特にナレーションで視聴者の感想を代弁してるから余計に長く感じる。

30分でまとまりそうな話を2時間40分に広げてるだけだし、無駄に広げてるから色々とまとまりがなくなってしまっている。
これだけの話をTVアニメとして観たら良いをつけたかも知れないけど映画として判断すると、ストーリーも内容もなかったのでとても悪いをつけざる終えない。

あとハルヒが居なくなって落ち込んだり居ると思って喜んだするシーンも大げさだし、気づかせる伏線にするならここはあっさりしてた方が良かった。
ハルヒが居た方が良いとかこの世界を望んでないとか(自分自身に気づかせるまでもなく)そんなの最初から分かってんじゃんって話になる。

[推薦数:1] 2011/01/03 とても悪い(-2 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:4(31%) 普通:1(8%) 悪い:8(62%)] / プロバイダ: 11380 ホスト:11251 ブラウザ: 11743
ちょっと評価が高すぎる。ファンへのプレゼントとしてみれば満点なのでしょうが、映画として観たらひどい出来です。

まず、この映画ってプロット的に「うる星やつら2」の平成版ていうかゼロ年代版なんですけど、なんか元祖よりすごいぬるい内容になっています。

そもそも長門が世界を改変した理由って主人公と2人きりの世界を望んだからですよね? だから邪魔なSOS団の部員を世界から排除した。
つまり、長門はうる星2でいうラムちゃんですよね?
そんで主人公が現実世界に帰りたいと思うのって、前のほうが楽しかったとかじゃなくてハルヒが好きだからでしょ?
漂流教室みたいな殺伐とした世界なら帰りたいと思うのが普通ですが、一部の奴らがいないだけで帰りたいと思いませんよね。長門とラブコメできるし(笑)

なぜもっとそこを強調しない!!
このお話しは主人公がハルヒに惚れているっていうのに気づく話じゃないんですかね?
だから長門をふってまで現実世界に帰るんですよね。

こんなぬるいアニメがヒットするようじゃ日本のアニメも終わりですね。
「うる星やつら2」から20数年、当時のアニメ界の「映画に負けないものを作ろう」という志を忘れたのでしょうね、ファンも・・・

[推薦数:1] 2010/09/27 とても良い(+2 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:26(84%) 普通:2(6%) 悪い:3(10%)] / プロバイダ: 13117 ホスト:13131 ブラウザ: 11172
素晴らしい…。

やはり「ハルヒ」を超えるのは「ハルヒ」しかないと確信させられる。2期放送当時、エンドレスエイトをさっさと終わらせてなぜ「消失」をTVシリーズに組み込まなかったのかが疑問でした(ハルヒはそもそもが実験的作品ではありましたが…)。その疑問に見事に答えてくれましたし、一連のTVシリーズの構成に説得力を持たせる形となっています。――「消失」が劇場版である意味。それは映像表現のクオリティのためではなく、一連のTVシリーズで展開してきた「ハルヒ」を自ら振り返り、越えようという試みだったのではないだろうか。ゆえに視聴者との相互対話性のあるTVシリーズ形式ではなく、これまでの自己の作品群との対話という意味での劇場版という形式だったのだろう。

【良い点】
・脚本。パワフルでエネルギッシュなTVシリーズと違って準静的で繊細なこの劇場版に見事に合わせてきた。
・劇場版ならではの映像の素晴らしさ。作画、演出といった映像表現の秀逸さ(←本当は一番これについて語りたいのだけど…
・準古典的な動機を用いていますが、しっかりと一連の「ハルヒ」シリーズのテーマに分かり易く結び付けた構成
・上で述べたように、本劇場版を通じて一連のTVシリーズを振り返った上で「ハルヒ」を越えようとする製作者の方々の心意気

【悪い点】
・人によっては時間の長さがやや気になるかもしれませんね
・「悪い点」とは言えませんが、一連のTVシリーズあってこその劇場版でしょう
(・では新しい"何か"を提示するレベルにまで達したかというとやや疑問ではある)

【総合評価】
原作は読んでおりません。TVシリーズは観てました。先月、夏休みに地元に帰ったら奇跡的にまだ公開していましたので観てきました。自分は一連の「ハルヒ」シリーズの熱心なファンというわけではなかったのですが、本劇場版の素晴らしさでTVシリーズの良さが分かった。さらにこれまでのTVシリーズの見方を変えたばかりか、評価を相互的に押し上げた形となりました。もう一度TVシリーズを振り返れば、その素晴らしさが理解できる。「やられた…!!!」まずこの一言。本当に脱帽です。最高傑作との評判は間違っていませんでした。エンドレスエイトやサムデイインザレインをはじめとする一連のTVシリーズ(OPなども含めて!)はこのためにあったのではないかと思えるほど圧倒的だ。さすがに劇場版だけあって映像表現は素晴らしく、とくに背景の描き込みは恐るべき密度を誇っていました。ただ、映像表現に関してはすでに他の方が詳しく述べられてたりするので、別の観点から語ってみたいと思います。(おそらく本来ならば、この点こそ述べられるべきだとは思いますが)

*
(1)前半【外部の世界へと参入するセカイ系として】

お話としてはある意味、よくある話だといってもいいでしょう。「感情や心など持たない(or分からない)はず、とされる者に心が芽生える」というモチーフは近年となってはもはや準古典的と言えます。一連の「ハルヒ」シリーズのテーマは、端的に言えば「退屈な日常を面白くすることに、自ら積極的に関わること」だと思います。まぁ小難しく捉えれば、単なるセカイ系としての作品ではなくてセカイ系を通じて「世界に参入する」という問いかけをしているのだとも捉えられます。なぜなら、誰だって世界と無関係なただの傍観者ではなく、絶えず変化する世界の当事者に他ならないから。準古典的ともいえるモチーフからこの一連のテーマへのつながりは見事でした。

まず本作を語る上で欠かせないのが、もちろん長門です。彼女は有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース(笑)であって、本来は感情や心など持ち得ない存在とされています。なぜならば彼女の目的は、いや存在の理由とは「観測」だから。つまり積極的な干渉を行わずに、常に第3者として合理的に判断する傍観者であるということ。「ハルヒ」のテーマに反して、彼女は傍観者であることこそが存在する目的・理由です。(超能力者も未来人も干渉しない人たちなので、ハルヒにとっての「世界」で実存的な存在だったのはそもそもキョンだけだったんだけど)

実際にエンドレスエイトにおいて繰り返されるループを彼女だけが鮮明に記憶(記録)していたという事実がそのことに整合しています。そして回を重ねるごとに憂鬱になっていく彼女の表情を覚えている方も多いでしょう。エンドレスエイトをはじめとして、TVシリーズにおいて様々な"予兆"が提示されていました。(おそらく静謐にして圧倒的な出来だったサムデイインザレインが最大の"予兆"でしょうね。TVアニメ史に残る屈指の出来だ)。そしてとうとう彼女にバグ(感情)を引き起こされ、彼女は世界を改変した。つまり第3者である観測者を脱し、当事者として世界に積極的に働きかけた。かくして本劇場版は一連の「ハルヒ」シリーズのテーマと通底することとなります。

しかし彼と共にいたいという願いは彼女の役割に反しており、自身の願いは叶うべきではないことを彼女は理解していただろう。感情を持たらざる者の、しかもその者自身の存在理由がゆえに消えるべき運命の儚き願い。それこそ雪のように儚いもの。これまでの「ハルヒ」が実にエネルギッシュでパワフルな勢いがあっただけに、本作全体を覆う儚さが我々の心を打つのでしょう。

*
(2)後半【セカイ系として時代に則り、自ら時代を動かした「ハルヒ」を弁証法的に振り返る本劇場版】

作品の後半は、改変された世界を元に戻そうとするキョンが主軸となります。彼のこの行動が何を示唆しているのでしょうか。前島賢氏によれば"セカイ系"と呼ばれるものには、「ループものの作品」「セカイ系への自己言及的応答作品」などが挙げられるそうです。「セカイ系」の厳密な定義は難しいですし色々と試みられていますが、内向きに閉じられた個人的「セカイ」が、文字通りの世界と直截的につながるのが特徴かと思います。これは「キミとボク」(あるいはボクたち)の間でセカイが完結し、外部の人々や歴史といったコンテクスト無しに世界と通じているといったところでしょうか。したがって「ハルヒ」はまさに"セカイ系"の代名詞の一つといってもいいものでしょうね、良い意味でも悪い意味でも。ハルヒのワガママに付き合わされていたSOS団内の「セカイ」がそのまま世界と直結していましたから。

キョンが選択した世界、それは「ハルヒたちとの非日常」という彼にとっての「日常」の世界でした。長門の提示した文字通りの日常は実に魅力的な世界だったに違いありませんが、それはもはや彼にとっての「日常」ではなかった。すなわち、彼にとっての「日常」とはハルヒたちとの非日常的な毎日となっていたのだ。彼のこの選択はつまりハルヒたちとの非日常的な「日常」が楽しかったことを認め、自らがそこへ積極的に関わる決心をしたのではないでしょうか。ここで前半における長門と同様、一連のテーマと通底しています。これは2期で文化祭の準備のときも同じ描写がありましたけど。つまり彼は非日常を肯定し日常を否定しているように見えて、「日常」を肯定している。それはどちらかというように二分できるものではなく、どちらも内在的なものとして捉えているのです。これは一連のTVシリーズでも示されていたことです。

"セカイ系"的な世界観は、自己の存在・世界を誰か一人に委ねてしまう特徴があります。なぜならボクの存在・世界を外部の中間項やコンテクストを挿まずして、キミとのつながりだけに託してしまうのだから。古泉がキョンに説明してた「人間原理」の世界観も似たところがあります。長門が望んだ「キョンと2人のセカイ」というのは、端的に従来の"セカイ系"を示している。2人の間だけで完結し閉塞した世界に留まるということは、まさに従来的な意味での"セカイ系"に他なりません。しかし彼はこれを選択せず、一般化された非日常としての「日常」であるこれまでのセカイ系を再び選択する。さらにキョンは長戸に対しても、自分だけとのつながりの閉じたセカイではなく他の人たちとのつながりのある世界で生きるように望んだ。

これは"セカイ系"を否定した上で、自身が展開してきたセカイ系をもう一度肯定しているという手続きです。つまり従来的な「閉じたセカイに留まる"セカイ系"」を否定して、自ら掲げてきた「外の世界へと参入し働きかけるセカイ系」を選択したのです。彼の選択は、セカイ系として展開してきた自身の一連のシリーズを本劇場版を通じて弁証法的に振り返るという製作者自身の試みに他ならないのではなかろうか。メタな視点から作品世界を眺めていた彼が「世界に参入」することの意味はとても大きいはず。準古典的なモチーフを用いたのも、相も変わらずキョンの独り言で進んでしまうあたりまさしく「ハルヒ」なのも、自らを振り返り古典と決別しながらも古典を肯定する、つまりセカイ系としての「ハルヒ」に内在しつつもそれを越えようとする試みだったように思います。細かな演出だとか素晴らしいBGMとかってのもあるけど、自分としては製作者の方々のこの心意気に最大限の敬意を払いたい。

*
※どうでもいい余談:

テーマからも明らかですが、ハルヒのセカイ系は俗に言われる"セカイ系"作品と違うのは、閉じたセカイに留まずむしろ外部の世界へと参入しようとするところです。そういった意味でも「ハルヒ」とは上手く時流に乗った作品であり、そればかりか自ら時流を作り出し動かしさえしている作品です。97年以降、碇シンジの厭世観が疫病のように猖獗したアニメシーンにおいて、セカイ系から日常への決定的なパラダイムシフトを起こしました。つまり、いわゆる"セカイ系"でありながら、陰鬱で閉塞したTVアニメ界を、エネルギッシュに突き動かした。本劇場版によって新しく何かを提示するレベルに達したかというと疑問ではありますが、こうした潮流を自ら引き起こした作品として、責任を投げずに総括した意味は大きいはず。

*
(3)総評

長戸の行動も、キョンの選択も、自己の内部で「世界」を完結させた傍観者としてではなく、常に変化する世界の中で周囲と関わりを持った参加者になるということ。一連の「ハルヒ」のテーマを一番キレイに総括する作品でもあったように思います。さらに言えば、準古典的なモチーフを用いて一連のシリーズに共通するテーマと通底させた上で、それと対話応答する作品だったと言えるでしょう。もちろん単純に純愛ものとしての出来も素晴らしい。これはもう完全に脚本と構成の巧さが光っていました。ここまで書いといてまだ書き切れてない感じがしますが評価は「最高」に限りなく近い「とても良い」としておきます。素晴らしい作品をありがとう。

重要な余談(笑);
さすがに公開終了の間際だったので他に誰もおらず長門の可愛さを独り占めできました。
どうだ羨ましいか!!笑

[推薦数:1] 2010/03/23 とても良い(+2 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:642(74%) 普通:121(14%) 悪い:102(12%)] / プロバイダ: 11317 ホスト:11450 ブラウザ: 10591
今後長らくアニメファンの語り草となるだろう。そして本作を越えるのはまた「京アニ作品」以外、現時点
では考えられない。結局二度劇場に足を運んだ。
アニメーションにおける演出「芝居」は、通常「アニメらしい」強調・省略された作風を取る。それはアニメ
だから限定されるのであり、また逆にアニメだから取ることが出来る独特な物だ。この「作風」においては
宮崎駿氏も押井守氏も、富野由悠季氏も同じであり、同じ土俵の中で特色を出しているに過ぎない。その
点、京都アニメーション作品は明確に異彩を放つ。本来アニメが不得手とし通常避けて通る、キャラクター
の細やかな「芝居」で演出し作品をかたち作っているからだ。この点で「涼宮ハルヒの消失」は間違いなく
今日の最高峰だ。長門のはじらい・動揺、キョンの狼狽、ハルヒの「わが意を得た」ときの表情の変化が、
監督の意匠に存分に応えた作画力で実現される様は圧巻という他、無い。パンフでも語られているが、
モブまでぐりぐり動く作画とその情報量はハンパではなく、それだけでもう勘弁してください、私が悪うご
ざいました、と感じてしまう。
京アニという会社が演出家、監督を外部から招かないという現状がある限り、この独壇場で勝負できる
のは限られた諸氏だけとなる。その点から、作品全体の完成度が純粋に武本・石原氏による物なのか、
と一瞬疑問を感じてしまうのだが、「京都アニメーション」という会社・組織を育ててきた両氏がそれを武
器にして作品を作っているのだから、それはやはり両氏の功績と言えるのだろう。
キャラクターが芝居をする、萌える。これは「一般ピープル」にいくら力説(笑)しても通じることは無い「越
えられない壁」だ。最初に挙げた三氏はそれを京アニと違う、いわば「オーソドックスな」方法で表現して
いる。それが劣る訳ではない、方法が異なるのだ。京アニはこれまで不可能だったアニメにおける表現
手法を実現してくれたのだ、極めて高い完成度で。それはアニメ業界にとってとても大きな福音だ。
2時間40分という時間座り続けたアニメ作品の記憶が無い(反則だがイデオンくらいか)にも関わらず、
作品の密度の高さでまったく眠たくならない。画面のそこココに常に意匠が込められていてとにかく
飽きない。「作画パワーに物を言わせたキャラクターの芝居」に目を奪われがちだが、コンテ、場面ごと
の色彩設定もいちいち丁寧。またテレビ版を下敷きにしたBGMもゴージャスな演奏になっていて耳も
楽しませてくれる。異世界にひとり投げ出される、というネタ自体はオーソドックスな物だが、それを
これまでの「ハルヒ」世界で積み重ねて来たネタを全て吐き出すかの様なたくさんの「仕掛け」で緻密
に見せてくれた。原作一巻脱落の私ではもしかしたら楽しみ切れていないかもしれない。少なくともテ
レビ版を一通り見ていなければいけないのは難点でもあるが、同時に付き合ってきた者だけが本作を
楽しめるのだから安い苦労だ。そしてとにかく長門のカワイさは殺人的だ。いや単純な破壊力なら朝倉
や長髪ハルヒも同様で、「作画で萌えさせる」の意でも間違いなく本作は一級なのだが、真髄は「現実
に戻った、鉄面皮な長門の下に『あの長門』がいる」という事実に悩殺させられる。
ここまでベタ褒めしておきながら「最高」にしないのは、二度見て確信できてしまった一点による。あまり
な作画・画面の密度と「ハルヒならでは」な、キョンのしゃべりっぱなしを同時に吸収できないのだ。画面
に見入っているとセリフはどんどん進んで行き、逆もまたしかり。画面は完璧で、たとえばキョンの教室で
のシーンなどキョンの心情や演出として観客を誘導しようという方向性などなどものすごく分かるのだから
キョンには黙ってて欲しいのだが、「ハルヒ」であるからキョンは喋り捲る。杉田氏のギャラが本気で気に
なるのだが、ソフト発売の折には本気でキョンしゃべりを間引いたバージョンを収録して欲しいと思ってし
まうのだ。
幸いにして興行は良好で同時期に封切られた二作を置き去りにしてロングラン公開中、シネコンではい
まだに大きなハコが充てられている。良いロケーションで見ておくことを自信を持って薦められる一作だ。

余談:文字媒体で無いから「ゆき」はちょっとムリがあったな。

[推薦数:1] 2010/03/14 最高(+3 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:23(64%) 普通:2(6%) 悪い:11(31%)] / プロバイダ: 23442 ホスト:23408 ブラウザ: 9949
エンドレスエイトの失敗が嘘のように消えました!
とても面白かったです>< なんというか・・・最高でした!
主題歌もとてもよく、ギャグもとても笑えました。
キャラ崩壊も全く無く寧ろそこからキャラクターが作られるような気分でした。
OPが冒険だったのはすばらしい演出だと思ったし、
テレビで見るのとは全く違う迫力があり、もう一度見たい!と感じさせられました。
他のお客さんを見渡してみれば子供やそれに付き添いの年配の方、若い方も沢山いて、
そのそれぞれの人がとても楽しんでいるようで老若男女関係なく楽しめるのだな、と思いました!
だから評価は最高!です(`・д・)ノ

[推薦数:1] 2010/03/11 とても良い(+2 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:94(90%) 普通:0(0%) 悪い:10(10%)] / プロバイダ: 9261 ホスト:9091 ブラウザ: 10983
原作は本作品視聴後に多少読んだ程度、テレビアニメ版は新エピソードを含め視聴済みです。あとネタバレ注意です。

まず、私はテレビアニメ版に悪評をつけた者です。「エンドレスエイト」の件もありますのでその評価が変わることもないかもしれませんが、本作品において私は「とても良い」を与えます。
いわゆる『涼宮ハルヒ』シリーズの持っていた印象に対して「逆転」の機会を与えてくれたというのが理由です。そのことを踏まえ、長くなりますが述べていきましょう。


◇前提――「非日常のなかの日常」と「日常のなかの非日常」
私の偏見かもしれませんが、この作品は「ハルヒが"つまらない日常"を面白くする」というテーマだったかと思います。ハルヒの力が宇宙人(長門)、未来人(みくる)、超能力者(古泉)を引き込むことになりましたが、これは「日常→非日常」の転換であっただろうと思います。
しかし、この作品で起こることはハルヒによって築かれた「非日常」から「日常」への改変なのです。人物に変化はないが、「日常」というハコの中にみな収納されています。ここではそのなかでも特異な存在である「キョン」「長門」の二者の視点により物語が動いています。そして、それらが効果的に活かされているというのがポイントでしょうね。
なお、この作品に触れる前に最低でも「笹の葉ラプソディ」には触れたほうがいいでしょう。ハルヒとキョンとの意外な接点が理解できますし、今回の事態の収拾においても重要な意味を持つ話ですからね。


・「一般人」であるキョンと「異世界人」となったキョン
『ハルヒ』と言うと、キョンが視聴者(原作でいう読者)にとっての「目」として機能していると私は思います。また、いわゆる「特殊な能力を持たない人」でもあるわけです。
本作品でも基本的にそれは変わりません。しかし、キョンはもともと改変された時空では「異世界人」というのに面白さがあります。世界が改変されて混乱するさまは、キョンから見て「不気味」である世界の様子を表すのに充分と言えます。
キョンは一般人とはいえ、特殊な集団であるSOS団に所属しているためか「非日常」の目撃者でもあるわけです。世界が改変されたという事実を受け止めて混乱するさまは、キョンの立場というのをよく表していると思いますね。
ただ、キョンの行動は最初より「現実」を見ていたように見えます。本来の長門からのメッセージ、そしてハルヒとの「出会い」に喜んだことがそれを象徴していることからも伺えます。ハルヒに対して「世界を大いに盛り上げるためのジョン・スミスをよろしく」と言ったことや、ラストのキョンと長門とのやりとりの「何としてでも取り戻しに行く」という発言にもそれは現れていますね。

・「宇宙人」である長門と「普通の女の子」となった長門
ある意味特殊性の権化みたいな存在である長門ですが、改変された世界では「内気で引っ込み思案な女の子」です。
キョンとの初対面の場面に震えたり、文芸部の入部届を緊張しながらも自分の意思で渡す場面、図書館での出来事やキョンを自宅に誘うという行為などに見える恋愛感情……これらは決して無機質なロボットではない感情ですね。普通の女の子が見せるような感情でした。
しかし、実は世界を改変した張本人も彼女でした。バグとはいえ、普通の人間に対する憧れがその根底にありました。「無機質ななかに見える感情」というのも作劇上上手いところなのですが、実のところ「長門も万能ではない」ということでしょうね。改変された世界でハルヒが別の学校なのも、ある意味「疲れ」の原因として隔離したものかもしれません。「エンドレスエイト」のでの件もありますしね。ともあれ、「普通の日常を望んだ」長門の一連の行動に私は一種の共感を覚えました。
また、長門の健気さというか一生懸命さというか、それらによってキョンの心に動きがあったことも印象深いところであり、「平和な日常の象徴」でもあった改変された世界の長門との別れは切ないものすら覚えるのです。ある意味、長門が望んでいた世界やその住民を抹殺してしまったわけですし、ある意味酷なことかもしれません。
しかし、しおりにメッセージを残していることから「キョンに選択権を与えた」とも読むことができます。違う世界とはいえ平和な日常が約束されているが、それは現実ではない……ということでしょうが、そのなかでジャッジを下すのにキョンは最適だったかもしれませんね。
なお、茅原実里さんの演技も見事でしたね。「性格の違う長門」を違和感なく演じていたのは今考えてみると驚くものがあります。

・いいところもあるハルヒ
序盤はいつもながら迷惑なハルヒですが、ハルヒにも「意外な一面」がありました。本作品の終盤ではキョンの体調を気遣う場面があります。人のこと考えてないようで、実は団長らしい仲間思いなところもあったものだと感心しました。


◎まとめ―役者が劇を演じる責任
あらゆる面でキャラの性格や立場が変わっていること……それがこの作品の見方を更に広げているのも事実ですが、こういう「キャラの性格の改変」という設定はキャラのイメージを損ねる可能性があるのも事実です。ですが、何故この作品において、すんなりとキャラの改変を受け入れることができたのだろうか……と不思議に感じていました。
下記においてZaCKTsさんが仰っていることと重なりますが、ハルヒの傍若無人さというものを理解すればするほど、その反動でこの作品がいいものだと思えるのかもしれません。ハルヒに振り回されていたのは観客だけでなく、その役者もそうだったのですね。
劇そのものにケチをつけ、シナリオと役柄を変えたものの、観客に近い立場の役者(キョン)が違うシナリオに異議を唱え、最終的にその役者は「役者として」もともとあった劇を演じ通す責任を選んだ……これがこの作品の姿なのだと思います。
同時にそれは「現実を受け入れろ」という力強いテーマも生きていると感じましたね。「世界」という二者択一のなかからその答えを示したキョンは傍観者(見方を変えると代弁者)だけではなく、この作品における本来の姿を守ろうとした役者、つまり「主人公」のひとりでもあったのですね。天晴れです。
そしてラストの「ゆき……」という台詞に、この作品のなかで積み重ねられたものを確認することができました。些細なこととはいえ感動しました。およそ2時間半の長さではあるとはいえ、それらが無駄ではなかったことは見事です。結構疲れますけどね……

この作品のおかげで、『涼宮ハルヒ』シリーズに対する見方が変わった気がします。ただ表面だけなぞるだけでは理解できない作品でしょうが、この作品は『ハルヒ』を知れば知るほど面白くなる作品という意味でも大きいでしょうね。人気作品には人気になるだけの力があるわけです。
[共感]
2010/03/13 素晴らしい評価だと思います。何故「消失」がハルヒシリーズの中でも最高とされているのか、また理解を深める事が出来ました。アニメでも最高の出来だったようでハルヒファンとしては非常に嬉しい限りです by another's

[推薦数:1] 2010/02/14 最高(+3 pnt) [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:5(71%) 普通:2(29%) 悪い:0(0%)] / プロバイダ: 49917 ホスト:49904 ブラウザ: 8880
原作に忠実に作っていましたね。
最高に面白く切なかったですね。

キョンの不安や焦り、自分の気持ちに自問自答し元の世界を選択する場面は引き込まれましたね。
特にハルヒを見つけた場面、長門に頼ってばっかりいた自分を後悔する場面は自分の事のように嬉しく、切なくなりました。
また、映像で見る感情が出ている長門は反則的に可愛いです。
まあ「消失」は長門がヒロインですからね。
映像もきれいで冬の寒い感じが伝わってきそうでした。

最初上映時間長いかなと思ったけど気にならなかったです。
映画見終わった後、アニメをもう一度見返したくなりましたね。
なんかアニメの二期は映画の伏線に見えますねー

とにかく「ハルヒ」ファンの期待を裏切らない作品ですので見てない人はぜひ!
そしてトイレを忘れずに。
[共感]
2010/02/14 私も消失の長門は可愛かったと思います。上映時間も長いけど、最後まで飽きずに観れましたね。
また画面から冬の寒い感じが良く伝わって来たというのも同感です! by ザビー

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