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[アニメ]ONE PIECE ワンピース THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島(劇場版): 推薦を受けた評価(感想/レビュー)


わんぴーす おまつりだんしゃくとひみつのしま げきじょうばん / ONE PIECE THE MOVIE Omatsri baron and secret island
アニメ総合点=平均点x評価数844位/3,702作品中(総合25/偏差値50.61) 843位<= =>845位
アニメ平均点(評価10個以上限)613位/2,044作品中(平均1.25=良い/20評価) 612位<= =>614位
2005年アニメ総合点34位/173作品中 33位<= =>35位


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作品紹介(あらすじ)

「 偉大なる航路 = グランドライン 」 を走り抜けるゴーイング・メリー号。ルフィは大海原に漂うガラスのビンを発見。
中に入っていたのは、オマツリ島の地図だった。早速、ルフィら一行はオマツリ島に向かうが……

■ STAFF ■
監督:細田守 助監督:宮本宏影 原作:尾田栄一郎 ( 出版:集英社 掲載:週刊少年ジャンプ )
企画:清水慎治 梅澤淳稔
脚本:伊藤正宏
音楽:田中公平
キャタクターデザイン・作画監督:山下高明 すしお 久保田誓
美術監督:串田達也
色彩設計:塚田劭
製作担当:椎葉一夫
製作進行:濱田洋平 記録:原芳子
日本 開始日:2005/03/05(土)
公式サイト
1. 劇場版ワンピース [ オマツリ男爵と秘密の島 ]
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最終変更日:2006/08/08 / 最終変更者:カトル / 提案者:まつ (更新履歴)
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by (表示スキップ) 評価履歴[良い:267(37%) 普通:158(22%) 悪い:298(41%)] / プロバイダ: 13302 ホスト:13064 ブラウザ: 7087
劇場版「ONE PIECE」第6弾は、恐らくこのシリーズでは二度と同系列作品の出現が許されないであろう程の、超問題作だった。これを見てしまうと、他のカラっとした陽気な「ONE PIECE」が素直に見れなくなるかも…そのくらいの毒気を含んでます。要注意。

ところで、シリーズ内に於ける「異色作」には、大雑把に分けて3通りのパターンがあると考えられる。第一に、作品の土台はそのままに、普段とは全く異なる方向性の物語を展開するもの(「クレしん オトナ帝国の逆襲」など)。第二に、最初から原作と切り離した上で、独自の内容を構成するもの(「ルパン三世 カリオストロの城」など)。第三に、作品の土台それ自体に疑問を投げかけるもの(「ルパン三世 GREEN vs RED」など)。

この中で、最大の厄介者は第三の異色作だろう。
数を重ねたシリーズものというのは、「普段どおり」だからこそ安心でき、それゆえに愉しめる面があるものだから、その「普段」を疑ってかかるのは、シリーズ特有の安定感を揺るがすことに他ならない。もっとも、斯様な安定感がなくても愉しめないワケではないけれど、その為の敷居たるや如何に高いことか。数によるパターン化が面白さに直結している場合、それに頼らず、別の価値を引っ提げて登場させるのは、どれほど難しいことか。
もっとも、これは上述のパターン全てに当て嵌まるが、第一は「普段」という根が息衝いているので、多少の冒険をしても安定感はそれほど損なわれないし、第二は完全なる「別物」と捉えられれば、存外に不満を解消させるのも難しくはない。しかし、第三はそうもいかない。「普段」を直接的に破壊するのだから。とは言え、「破壊」が起こるということは、結局は「普段」を踏まえているわけであって、第二のように「別物」と開き直る余地すら残されていない。
そのため、第三は他のパターンに比べて、作る側にしても観る側にしても、非常に難易度が高い。

そして、その「第三の異色作」を、よりによって「ONE PIECE」という作品で実現させてしまったのが、本作だったわけだ。
具体的には、「普段ならこんなことにはならない」というナミの言葉どおりの内容。本作に於ける麦わら一味の結束は脆弱だし、クルーは本来の能力を殆ど発揮できないし、ルフィは今迄からは信じられないほどカッコよくない。そんな本作なのだから、そりゃあ反発も強いだろう。正直に告白すると、自分も「こんなルフィたちは見るに耐えない」と感じた。

でも…自分は本作を見れて本当によかったと思う。それは、シリーズとしてみれば嫌になるほどツラいんだけど、だからこそ、この作品は劇場版「ONE PIECE」史上最高にして唯一無二の巨頭たり得たと。それはなぜかというと…陳腐な言葉で申し訳ないが、考えずにはいられないインパクトを感じたから。

そのインパクトは、本作のグロさによるものだった。
それを感じさせたのは、終盤に於けるルフィの足掻きだ。リリーカーネーションに囚われた仲間を救おうと、必死に首を伸ばすルフィ。無数の矢の餌食になりながら、ゾンビのように進むルフィ。仲間のことを常に想う彼が、普段どおりのことを、普段どおりの信条に従ってやってるだけなのに、こと本作では、それが酷く異様かつ奇怪だった。彼は少年漫画的な「信念」や「思いやり」などではなく、醜く歪んだ「執着」によって動いていたのではないか、と感じられるほどに。
とはいっても、これは上述の「少年漫画的なアツさ」の隣にあるものだ。「夢に向かって努力する」ことだって、一歩間違えれば「道を誤って堕ちる」ことになりかねない。そうやって悪に手を染めざるを得なかった者が、何人いたことか。ただ、彼らは作中では「悪役」だったから、まだカタルシスを感じる云々で済んだワケなのだが、如何せん本作では、(「夢に向かって」とは意味合いが違うけれど)コトが作中では絶対善の主人公に起こっている。
その衝撃力たるや凄まじいものがあった。絶対善が歪みかけている様相が、これほどグロテスクだったとは…

しかも、本作では「歪みかけたルフィ」の成れの果てたりえた姿を彷彿とさせていた。それがオマツリ男爵だった。
ネタバレになって申し訳ないが、男爵の悪行は仲間への強い愛情がゆえ(それがルフィの足掻きの動機と同じである以上、両者には共通性を感じずにはいられない)。慈父のように優しげな仲間への言葉からも、彼は「イイ人」だったと考えられる。しかし、彼がやっていることは、まさに現実から目を背け、幻影に縋りながら箱庭に閉じ篭るという、荒廃した精神活動そのものだ。更に、彼の幻影は他人の犠牲の上に立つものだが、それが男爵の満たされぬ想いをあらぬ方向から癒したことは想像に難くない。
そうやって、彼はサディスティックな挙行と幻影でしかない仲間への愛着の間を行き来する形で、延々と螺旋階段を下っていた。本人は上っているつもりなのだろうが、他者から見れば下っている。つまり、「イイ人」の愛情が時を経るに従い、益々歪な形を取り続けている。それが哀しく痛々しい。まして、男爵とルフィは両方とも「イイ人」である上、その行為はベクトルが「仲間」に向かっている意味で本質が同じである以上、ルフィがそんな風になってしまうのかもと想像すると、居た堪れないにも程がある。

しかし、男爵とルフィには大きな違いがふたつある。
ひとつは「知性」だ。少なくとも、男爵には花の持つ性質を的確に理解した上で、策略を巡らせるほどの賢さがあった。言葉の一々を取ってみても、(主観に過ぎないが)知力ゆえの含蓄を感じられる。一方のルフィはどうか? ご存知の通りおバカさんだ(笑)。と、すれば、もしルフィがこのまま歪んでしまったら、男爵と同じ憂き目に遭ってしまったら…ひょっとすると男爵以上に悲惨な体を成していたかも知れない。
もうひとつは「信念」だ。男爵の方はわからないが、ルフィは口癖のように、「海賊王に、おれはなる!!」と叫んでいた。ところが、本作に限って彼は一言も「海賊王」という単語を発していないのだ。どんな強敵に出会った時でも、カリスマ性とも言えるほどの信念に満ちたこの言葉で悉く受け手を信頼させてきたルフィだが、今回はオマツリ男爵の毒々しい策略の前に、そんな精神さえ挫けさせられてしまったようにさえ見える。仲間を失うことはそれほどのダメージを負うのかも知れない…あくまで想像の域を出ないけれど、その痛ましさは計り知れない。更に、ルフィが斯様な痛みから立ち直れるかどうかは、誰にもわからない。男爵はそこから立ち直れなかったから、哀しい悪魔へと成り果てたのだし…
つまり、両者の「違い」はルフィ堕落の可能性と非常に強く結びついたもの。それだけに、ツラくてツラくて堪らない(汗)。

まして、そこに至るまでの変遷がある。即ち、オマツリ島に上陸してからの顛末。
それ自体、既にルフィの堕落をある程度ではあるが、垣間見せていたようなものだ。本作でのルフィとクルーの温度差は只事ではない。いつもであれば、クルーは何だかんだでノッてくるけれど、本作では皆イヤに冷めている。そんな彼らを、一人「いつも通り」のルフィが元気に引っ張っていくのだが、今回はそれが「強引」「身勝手」「KY」としか映らないのだ。仲間が消息を断った時にサンジが放った言葉そのままに。
これも、モトの関係を拗らせることで、ルフィの根拠のない前向きの「根拠のなさ」という部分だけを浮き彫りにしている、といったところか。船長がチグハグだったら、当然ながらクルーの軸はブレる。だから、麦わら一味の悲劇などは(本作の中では)必然だったのだろう。そこには、普段のカリスマ性に溢れたルフィなどいない。いるのはパワーの裏で渦巻く未熟さや欺瞞性に満ち、歪みかけた陰湿なルフィだ。
そのことが大前提にあって、上述のグロテスクな展開およびルフィと男爵の対比を突きつけられる。幾ら何でも残酷に過ぎやしないか…
なんか、「ONE PIECE」の毒気を高い純度で抽出した結果、視聴者をど〜んよりさせるような、陰湿極まりない作品が出来上がってしまったようにさえ思える。しかも、それが悉く成功してしまっているので、完成度の高さを感じれば感じるほど、気分が真っ暗になる。とんでもない怪作があったもんだ。

とはいえ、本作には救いも無きにしも非ずだった。
それは、早い話が純粋なチョッパーがルフィの除くクルーで最も活躍していたこと、お節介を焼いてくれたチョビヒゲ、最後に「漢」を見せた親父の存在だった。彼らは荒廃した男爵の島にあって、仲間を信じ続けていた。けして派手ではないけれど、最後まで一本気だった。本作の中では、それが暗黒に差す一筋の光で、その存在が「仲間」により歪んだ男爵、歪みかけたルフィと逆を行ってるようで、「やっぱりイイなぁ」と思わせてくれる。「ほら、光があった」。闇の中にいたからこそ、そう言ってるような人たちが輝いて見える。
そんな彼らの助けに力を貰ったからなのか、ルフィが男爵を殴り倒すシーンは圧巻の一言。原作を再現したかのようなタッチは本当の意味での「原点回帰」、歪みを克服して再び産声を挙げ、純心を抱きつつ前進を我々に約束したルフィだったのではないだろうか。それと同時に、男爵も救われたのだと思いたい。過去から未来への激流のような拳を受けることで素直になり、更に背後から赦しの言葉を得た「過去の柵の象徴」は、恐らく生きてはいまい。しかし、その怨念に変わり果てた無念が彼を現世に留めていたならば、懺悔の涙を拭いてもらえた今、男爵はきっと天国に行けるだろう。
そして、「ONE PIECE」の原点を謳っているような氣志團の主題歌がすごくいい。導入も曲の内容もだ。この曲を聴きながら、シリーズ最高の余韻を味わえた。

こんなバケモンみたいな作品は、数を重ねるシリーズでは絶対に必要なんだろうし、成功したとすれば、作品の価値はそれこそシリーズの中で無双のものとなるだろう。本作の場合、話の整合性とか纏まりとか、普段のポリシーとか、そういう点からすると確かに苦いところも多い。だが、それでも「劇場版だからこそできる冒険」を見事に成し遂げたように思える。作品が抱えた問題、ルフィの危なさを抽出しつつ、完全な闇に閉ざさないで、光を少しだけ残すバランス性を保つことにより、圧倒的なインパクト、「ONE PIECE」について考えずにはいられない程に深遠な内容を実現させたのはお見事。シリーズ最強の異端児の誕生だ。
ただ、こういうのはシリーズで1作だから値打ちがある。次に本作のような路線の作品が出るとすると、正直なところかなり不安だ。もっとも、「ONE PIECE」のシャドーについては、本作で語り尽くされた気もするし、そんな心配はないかも知れないが(まぁ、6作目という立ち位置は少し心配になったりするが)。

なお、少し余談になるが、本作のタイトル「オマツリ」はお気楽なようでいて、かなり深いと思う。「祭り」と「祀り」の両方を示唆している、といった感じだ。そして、本作に込められた真の意味は、恐らく後者の方だろう。「祀り」は慰霊・鎮魂などのために供養・祭祀を取り行うことを指す言葉だが、作中に於いて為されている祀りは、男爵の歪んだ執着による仲間の復活がまず挙げられよう。これは、鎮魂思想を見事に変形させた一例と思われ、制作者の見聞に驚かされるものだが、本作にはそれ以上の祀りがある。なにかというと、ルフィが男爵を倒すところだ。「仲間」によって歪んだ男爵と純心を取り戻したルフィの対比の鮮やかなこと。そして、その仲間の力が男爵の涙を拭く役割を果たしたこと…まさしく魂を鎮める行為そのものではないか(やや強引な気もするが…)。まぁ、何が言いたいのかというと、「オマツリ」というタイトルは楽しいだけじゃない、本作の物語のテーマにまで波及する、強烈なイデオロギーの反映ではないか、ということだ。もちろん、縁日で盛り上がることに代表される愉しげな「お祭り」もあるにはあるが、それは本作にとって二の次。

すごくよかった。これこそ特別なオンリーワン、評価は「最高!」寄りの「とても良い」だ。ちなみに、劇場版「ONE PIECE」で「映画」としての貫録があるのは、「STRONG WORLD」が出るまでは、本作だけだった。異色作は奇異な目でみられがちだけれど、本作のような形で放たれる異採ならば、大歓迎だ。
[共感]
2009/05/09 本作については、私も「何事だ」「「ジャンプ」作品に対してここまで考えて弄れるとは」と感じていましたが、いざ、評価を書くとその深遠さ故に中々言葉が思いつきませんでした。そんな詰まりを見事に氷解させて頂いたことに、感謝の念が尽きません。 by ホイルナ

[推薦数:1] 2006/12/14 良いと思うコメント [編集・削除/削除・改善提案/これだけ表示or共感コメント投稿/]
by (表示スキップ) 評価履歴[良い:6(46%) 普通:1(8%) 悪い:6(46%)] / プロバイダ: 34156 ホスト:34168 ブラウザ: 4658(携帯)
正直ワンピースの映画はこれと海賊レースの奴くらいしか、楽しい奴がありません
でもお祭り男爵は名作だと思います。あの、不気味さといい前半の「明」と後半の「暗」をうまく使い訳てると思います
お祭り男爵の強さも、クロコダイルやエネルの「圧倒的強さ」とは違い、仲間を失った辛さと、男爵や島の不気味さと言った「絶望的な強さ」という感じでキャラが引き立っていて良かったと思います
この作品は、ワンピース史上最高の名作だと思います
[共感]
2010/11/09 「絶望的な強さ」というのはナルホドです。スペック以外でボスの貫録を見せつけるというのは、原作を離れての劇場版だからこそできた冒険かな、と思います。 by HUNGRY SPIDER

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