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るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-


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読み仮名: るろうにけんしんめいじけんかくろまんたん / 英語タイトル: Kenshin Rurouni / Samurai X (Rorouni Kenshin)
注意: これはアニメ版。その他メディアのページ
ゲーム:るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-十勇士陰謀編 / 漫画:るろうに剣心〜明治剣客浪漫譚〜 / 小説:るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-

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2008/05/03 良い [編集・削除/削除・改善提案/論客限定表示/]
by せんぬき 評価履歴[良い:461(71%) 普通:155(24%) 悪い:35(5%)] / プロバイダー: 38066 ホスト:38222 ブラウザー: 4203
私は本作には擁護的ですが、ここはもう少し深く描いて欲しかったというとこも書きます。
少しだけ批判的な文章でもあります。
ちなみに漫画版ではなくアニメ版の方で見た箇所について書きます。
なので、もしそこがアニメオリジナルアレンジで作者がノータッチだった場合、
今回の意見の私の作者への感想は的外れかもしれません。
あと若干うろ覚えです。
あとすごくネタバレです。

【作者が観ている理想とそれに追い付ききれなかったかもしれない演出】

宗次郎が過去、人生で一番辛かった時に自分を助けてくれた志士雄。
(他の方のレビューをざっとみますとアニメの方が漫画版より深く描かれていたみたいですが)
ゆえに宗次郎にとって志士雄は絶対者であり、神であり。
彼以外の誰が何をいおうとも
「所詮自分が一番辛かった時に手を差し伸べてくれなかった他者の戯言」
であり、志士雄の存在以上に、誰かの言葉が宗次郎の心を動かすことはまずありえない。
それでももし、宗次郎が誰か志士雄以外で志士雄以外の誰かの意見を受け入れるならば、
それは余程視聴者読者に説得力を持たせる「なにか」がなければいけないのです。

最終的に剣心との戦いを通じて宗次郎は志士雄のもとを離れ、自分の道を模索していくことになります。
これ自体は冷徹なものいいかもしれませんが、問題ありません。
宗次郎はもともと「自分に個人的に」向ってきた(宗次郎の性格を歪ませた張本人ども)連中を斬り殺したことは勿論情状酌量の余地がありますし。
それ以外の場合でも宗次郎は自分の居場所を創ってくれた志士雄さんの為に、人を斬り殺したことはあっても。
私利私欲や快楽やいたぶる為や遊びで人を殺したことはなく(単にトラウマで達観気味になってただけ)、いわば彼なりの「公(「社会の中での」自分の居場所)」の為に人を斬っていたにすぎないんです。
この辺、少なくとも(ただし劇中で正しい存在として描かれていた)カミーユのシロッコへの行為(フォウへの行為と物語の発端となったジェリドへの激昂行為は私は否定しません。前者は結果論でしかないし、後者はプライベートな事情なのですから。ただしあの場合は暴力はやりすぎ。それでもまだ相手が相手だけに情状酌量の余地は少しはありますが)、ロランのギンガナムへの行為と同等(ただし宗次郎はきっちり悪役として描かれていますし、先にいったように私利私欲や偽善や青年誌系の一部主人公みたいに悪い方向への開き直りで人を斬ったりしていません)です。

だから宗次郎には幸せになる権利があるとまではいいませんが、不幸にならなければいけないなんてこともなく。
贖罪はすべきだと思いますが、客観的にみて(※)彼には救いの道が残されていて然るべきであり。
彼に新たな道を模索させた事自体はそれほど問題ではないと思います。

ただ、剣心の説得自体には、はっきりいって剣心擁護派の自分でも少し、説得力が弱かった気がします。
あれで宗次郎が志士雄のもとを離れるというのは、少し、まあ好きではない表現ですがわかりやすい言い方をすれば、御都合主義ですらあります。

ただ、剣心の言葉でなく、剣心と剣をぶつけあうことで(言葉ではなく剣での会話を通して)なにか心に響くものがあったというのであれば、少しはわからなくもないので、そこは擁護の余地があります。

ちなみに同じことが京都編での対蒼紫戦にも言えます。
剣心の蒼紫への「復讐に逃げてるだけだ!!」は正論であり。
(「事が終わってしまった後の。正当防衛なんかは勿論別です。ガンダムでいうと母親のキャンプのアムロの行為とか。無論それでそのジオン兵の遺族がアムロに復讐にきたとてそれはさもありなんですが)」
復讐というのは非建設的で歪んだ心の鬱屈した想いの晴らし方としては超後ろ向きであります。
ただ、蒼紫としては(蒼紫ほどの男なら)ある意味「わかっててそれでもやらざるをえない(他に心の行く場所を知らない哀しく不器用な人なのでしょう。まあ人間なんてたいていそうかも)」のでしょうし、人間そう簡単にわりきれないものですので。
レベルEの筒井君の言葉を借りれば「バカと言われたも同然です」な訳で。
剣心は「知った風な口を聞くな!!(御庭番衆との絆の強さも剣心にはわからないんですし)」と蒼紫に言われても仕方がないんです。

それでもこの漫画(この場面はアニメでみたけど)の凄いところは、剣心との戦いを通じて蒼紫もなんだかんだ100%とはいわずとも心になにかが芽生え、心境に多少なりとも変化が生じるのです。
剣心の理屈は正しいけれどお前がいうなというか、他にいい方があるだろレベルなのですが、それでも蒼紫がなにか感じ入るものがあったとしたら、それは剣さんの語る台詞というよりも寧ろ、剣心の剣が語ったなにかに想うところがあったのだと思います。
前述した宗次郎のように。

この辺、凄いGガンダムテイストな気がします、るろ剣は。
正論を吐きまくる剣心の台詞に惑わされず、図式や構図だけみれば
「対等な戦いを通して(完全でなくとも。特に宗次郎や蒼紫は佐之助ほど思考回路がシンプルじゃないから仲間にこそならなかったものの、)野郎同士でわかりあう」(かつ未来への模索)
という、ベタながらどこか男(特にバカな)が心のどこかで求めているがまさに超ジャンプ的な王道路線を驀進しているのです。
本当は凄い燃えポイントなはずなんです。

それだけに、剣心の台詞がやや説得力にかけます。
なにもいわずに剣だけで語ったほうがまだ説得力があったんですよ。
「御庭番衆と蒼紫の絆」も、「ボクが一番辛かった時手を差し伸べてくれた志士雄さん」という宗次郎の想いも、辛い過去と痛みと悲しみを知っているがゆえに不殺を誓った剣心だからこそ(若干過去は後付けっぽいですが、本作のテーマを考慮すれば些事であり結果オーライ)、
それらに対してわかったような口を聞いたところであんまり意味がないと知っているはずなんですが。
るろうにモードスイッチが入ってると表情だけじゃなく性格も根本から変わってしまうのでしょうか。

余談ですが、そういえばもし剣心があの過去に身内を奪われた事件の際に池田秀一さんが声をあてられている(名前忘れました)お師匠さんではなく志士雄さんに助けられていたら、剣心も宗次郎みたいなことをしていたのかも、しれません。


それでも、例え大義のためだろうと公の為だろうと、絶対に殺人という行為そのものがルールからずれてますし(※2)、宗次郎に一家言ある方もいるでしょう。
でも少なくとも私は、公私混同してシロッコやギンガナムを倒すことを正当化していたり、公的な極限状況を免罪符にこずえ氏を襲った○○(自主規制)ども(彼(女)等には死ではなまぬるい。特にフィクションで比喩的に描かれる場合)や、かのセーラやかのネロを蹂躙した人間達があまりに何の報いも受けないで、彼等が苦しむ描写や「悪いことは悪い」という最低限の描写があまりに欠如しているまま終わってしまう作品が低くない評価を受けている現状をみるにつけ(深くきっちり現実的に考えるべきところは現実的に、足りない箇所をフェアに補えて読み取れる方々ばかりなら問題ないのですが)、それらの作品のアンチテーゼともとれる
「わかりやすくシンプルな図式で」
第3者の立場で不条理やカオスへの一方的な対応を一方的に煽ったりせずに何に情状酌量の余地があるのかを見極め様としたり、第3者ではなくもっとも当事者の目線でみなければならないほどに度を越した事象や行為はなんなのかを見出そうとしたりせず、代案偽善、第3者優先、当事者無視でかつそれを狡猾に誤魔化して過剰に正当化していたりする、そんな作品へのアンチテーゼとして、人間が公的に見出していくべき未来のためにどういう視点が必要なのかをシンプルに描いているこの蒼紫戦や宗次郎戦や蒼紫や宗次郎に開かれた未来の可能性を、全否定する気には到底なれないのです。
(そういった意味では作者は縁と剣心の因縁に関しても中途半端に終えてしまってました。
あまりこういったことはいいたくありませんが、そこは作者の力不足でしょう。
だからといってかの星霜編の終わり方がベターだったとは私は思いません。
星霜編、原作漫画、どちらもまだまだ最後に改善の余地があります。
だからといって私は某青年誌系作品よりはるろ剣のほうが「悪いほうに開きなおっていることを中庸と勘違いし、
不条理の本質もみえていないことに甘んじすぎている」作品よりはマシだと思っています。
それに剣心はけして敵をいたぶっているわけでもなく。
「殺さないという縛り」の中で敵を倒さないといけないわけですので(目的は武装解除や戦闘力をなくすこと)。
そこに多少の(剣劇ものとしては)無理がうまれ、勘違いされやすいだけです。
ただ確かに一部の戦闘では一部描写にやりすぎな場面があったことも事実ですが。
(描写としては一思いに殺した方が殺す側の印象が良いこともあります。
良い意味でも悪い意味でも。
この辺テーマや悪党の描かれ方によりますが)

※2

「人を殺す時のルールは私情をはさまない事。
だがどのみち最後には私情がからむ」

マックスペインの台詞より。
つまり、そもそも殺人自体にルールという定義が・・・(それでも100%納得できずとも、いや100%納得しちゃいけないんですが、それでもフィクションにおける比喩、現実における手段としての・・には全否定できない中庸な視点でそれみざるをえない時もあるんですけどね。あくまで人類の営みにおける過程として。最終的には・・・
いやでも、車社会における交通事故、学校システムにおけるいじめと同じで、完全になくすことなどできないのかもしれませんが・・・
でも「完全にそれを諦観して受け入れる」(それらをある程度許容するのは諦観ではなく中庸な見方だというのは傲慢です。ただし、貴方がたの私的な、プライベートな事情なら話は別です。私がここでいっているのは社会における手段としての・・・)しかないのであれば、それでは私はハマーンやシロッコのような性格にならなければ生きていけない(比喩的に)ような人が絶えない気がします(二人の目指した方向性や根っこの悲しみは違いますが)。

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