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アニメ評価: 2,373位 <= 2,374位(2,612作品中/偏差値46.20) =>2,375位

映画ドラえもん のび太と緑の巨人伝 (アニメ)

読み仮名: えいがどらえもんのびたとみどりのきょじんでん
総合情報評価
(評価投稿)
懇談室画像/壁紙商品
(本/漫画)
直近発売の本/漫画: 2008/03/18 ():ドラえもんのび太と緑の巨人伝―映画ストーリー (てんとう虫コミックススペシャル)
本/漫画(4件)
売上/新着
音楽(1件)
売上/新着
206353
ムック:映画ドラえもんのび太と緑の巨人伝パズルランド (小学館のカラーワイド ヒーローチャレンジブッ....

参考:\580
2008/03
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216917
単行本:映画ドラえもんのび太と緑の巨人伝 (わくわくシールえほん)

参考:\735
2008/03
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226171
単行本:ドラえもんのび太と緑の巨人伝―映画 (わくわくえいがアニメシリーズ)

参考:\693
2008/03
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コミック:ドラえもんのび太と緑の巨人伝―映画ストーリー (てんとう虫コミックススペシャル)

参考:\480
2008/03/18
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1.これは面白い!!
1325
CD:手をつなごう/愛を歌おう

参考:\1,100
2008/03/05
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1.毎日聞いてます。
作品紹介(あらすじ)

植物自動化液で動けるようになった小さな苗木に、キー坊と名前を付けて弟のようにかわいがるのび太。
ところがある日、裏山で突風に巻き込まれ謎の星へと辿り着いてしまう…。
植物たちの住む「緑の星」とぼくらの地球を舞台に、人類の未来をかけた大冒険がはじまった…!

(映画パンフレットより引用)

制作:藤子プロ 小学館 テレビ朝日 ADK 小学館プロダクション シンエイ動画
配給:東宝

■スタッフ
原作:藤子・F・不二雄
監督:渡辺歩
脚本:大野木寛
総監督:楠葉宏三
作画監督:金子志津枝
演出:宮下新平
絵コンテ:渡辺歩 宮下新平
美術:西田稔 河合伸治
3DCGスーパーバイザー:木船徳光
3DCG監督:奥村優子
撮影監督:岸克芳
編集:小島俊彦
録音監督:田中章善
効果:糸川幸良
音楽:沢田完

■主題歌
「夢をかなえてドラえもん」
作詞・作曲:黒須克彦
編曲:大久保薫
歌:mao
コーラス:ひまわりキッズ

「手をつなごう」
作詞:綾香
作曲:西野芳彦 綾香
編曲:L.O.E
歌:綾香

■声の出演
ドラえもん:水田わさび
のび太:大原めぐみ
しずか:かかずゆみ
ジャイアン:木村昴
スネ夫:関智一
ママ:三石琴乃
パパ:松本保典
ドラミ:千秋
出木杉:萩野志保子
リーレ:堀北真希
キー坊:吉越拓矢
シラー:大塚周夫
パルナ:有田哲平(くりぃむしちゅー)
長老ジィ:三宅祐司
放送開始日:2008/03/08(日本)
公式サイト
1. 2008年 『映画ドラえもん のび太と緑の巨人伝』 公式サイト
最終変更日:2008/03/11 19:33:34 / 最終変更者:ねぶそくのタカ / 提案者:634 (更新履歴)
評価統計(1日1回定時に更新)
 評価平均アニメ評価順位偏差値評価ポイント最高の中の最高
日本悪い(-1.33)2,374位46.20-7.98 

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1. 2008/05/12 最悪 by メット [編集・削除/削除・改善提案//論客限定表示/これだけ表示or共感/納得コメント投稿]
評価履歴[良い:20(37%) 普通:2(4%) 悪い:32(59%)] / プロバイダー: 40320 ホスト:40360 ブラウザー: 5234
【良い点】
なし

【悪い点】
オーバーアクションは気持ち悪く、泣く場面では感動してくださいと
押し付けがましい。
話も説教臭くてジブリアニメの真似

【総合評価】
化けの皮がはがれた。もうドラの映画は期待できない。
2. 2008/04/01 最悪 by クロムウェル [編集・削除/削除・改善提案//論客限定表示/これだけ表示or共感/納得コメント投稿]
評価履歴[良い:93(66%) 普通:10(7%) 悪い:38(27%) 推薦人:1 推薦評価:1] / プロバイダー: 33413 ホスト:33368 ブラウザー: 3035(携帯)
声優を変えリメイクに頼らず作ったのがこの様か。

もうこのアニメは過去の遺産を食い潰すことでしか延命できないでしょうね…
3. 2008/04/01 最悪 by ディレクション [編集・削除/削除・改善提案//論客限定表示/これだけ表示or共感/納得コメント投稿]
評価履歴[良い:0(0%) 普通:0(0%) 悪い:1(100%)] / プロバイダー: 6355 ホスト:6243 ブラウザー: 8090
映像表現や世界観が
「ナウシカ」、「ラピュタ」、「トトロ」、「もののけ姫」、
「スター・ウォーズ」、「エヴァンゲリオン」みたいな映画
めっちゃ長くて、ストーリーは破綻 話のつじつまあわない。

必要な説明や描写が欠落しているため、 観客置き去り。ぽかーん&はぁ?状態。
大人が苦労しなければ追えない筋ですから、子どもにはなおさら理解しがたかったでしょう。

感動の押し売りで退屈
「さあ泣け」というシーンを最後に散りばめてるが
疲れ果てた観客にはつらい

ゲド戦記などのだめ映画の共通項、台詞でテーマを説明。映画の意味無い。
長老の最後の台詞

ピンポイントの、取って付けたようなギャグ。変な顔・パンツ、おしりなど。

たぶん、ドラえもんいなくても良かった話。ドラえもん存在意義無かった。

三宅の下手な吹き替えもつらすぎる

テーマに作品が呑み込まれ振り回されて、娯楽として楽しめない作品になっています。

ドラえもんファンでもガッカリすること間違いなし、覚悟してご覧下さい。
4. 2008/03/18 良い by COOL [編集・削除/削除・改善提案//論客限定表示/これだけ表示or共感/納得コメント投稿]
評価履歴[良い:38(60%) 普通:4(6%) 悪い:21(33%) 推薦人:1 推薦評価:1] / プロバイダー: 54698 ホスト:54741 ブラウザー: 3876
他に感想が思いつかないので、他の論客様の日記に書いたコメントをほとんど
そのまま引用させて頂きます。(すみません;)
ドラえもんの映画は毎年見に行っているのですが、今作も昨日兄と妹と兄弟3人で見に行きました。
今回の映画は例年よりかなり評価が割れてますが、個人的にはまあまあ良かったと思います。
ドラえもんの映画において賛否両論の賛の方に動いたのは俺にとっては珍しいことです。

確かにストーリーはイマイチですね…。後半の方が論理的に飛躍していてちょっと内容が分かりづらかったです。
途中の小学生キャストの村人の当たりがグダグダな感じがしたので、そこを省いてもっとクライマックスの方に力を
入れてほしかったと思います。あと決定的な悪役がいないのも、盛り上がりに欠ける要因でしょうか。

しかし、元の話のアレンジの仕方に至っては申し分なかったと思います。
本編の「さらばキー坊」を覚えていたので、キー坊の絡ませ方のテクの上手さに
気が付きました。もともとは植物宇宙人に攫われたのび太達を庇うときに使われた
キー坊のセリフを、ラストの演説に引用するのが上手かったですね。
過去の映画作品のリメイクが2年と違って、今回は本編たった一話からのリメイク、
賛否両論が分かれる理由も何となくわかります…。

絢香の「手をつなごう」も作品にマッチしていて良かったですね。
そういえば、ドラえもんもクレヨンしんちゃんもここ数年映画主題歌が良いですよね?
ドラえもんはスキマスイッチ→ミヒマル→絢香と来て、クレしんも倖田來未→SEAMO→DJ OZMAと
若者の好むJ-POPでかつ映画の作風に合っている曲が多くて嬉しい限りです。最近はタイアップ曲を嫌う人もいますが、
個人的に物語の作風に合っていれば文句ないと思います。(それが「書き下ろし曲」と言うものです。)

はっきり言って本編「さらばキー坊」の予備知識がない人にとってはキツめの映画かもしれませんが、
たまたま本編を知っていたためかちょっと得した気分になれた映画でした。
5. 2008/03/13 とても良い by ねぶそくのタカ [編集・削除/削除・改善提案//論客限定表示/これだけ表示or共感/納得コメント投稿]
推薦人:HUNGRY SPIDER
評価履歴[良い:90(45%) 普通:63(32%) 悪い:46(23%) 推薦人:11 推薦評価:12] / プロバイダー: 16572 ホスト:16324 ブラウザー: 5234
今作でもっとも評価したい部分というか、感想を一言で表すとすると「上手い」。この一言が出てくる。

中でも光るのが赤い如雨露の女の子の演出だ。キー坊がのび太達以外の人間と楽しく遊んでいたことを何気なく描いておき、別れ際で女の子がフェードアウトしていく中、女の子の姿は画面から消えても如雨露だけは少々長く画面に残っているのだ。しかも赤という印象に残る色で。この演出によってこの女の子がさほど特別なことをしたわけでもないが、視聴者の心には強く「キー坊と楽しく遊んだ女の子」が残され、そしてそれは終盤になってもになっても消えることはない。その如雨露が後にキー坊が伝説の巨人になるきっかけになるわけだ。
こういう"物"を使って印象を残し、視聴者の"心"に伏線を張っておく演習は淡々と進んでいきがちなドラ映画ではめずらしい。『ワンニャン時空伝』でもけん玉を使ったものがあったが、今回のたった1・2秒フェードアウトの時間をずらしただけで印象に残すやり方は新鮮なもので特別光って見えた。だからこそこの赤い如雨露の演出は特別に評価したい。
物を使った演出といえばこの映画には他にも「靴」と「おもちゃのバケツ」というキーアイテムが存在する。こちらも上手く出来ていただろう。余談だが公式サイトでこの「如雨露」と「バケツ」はサイト内でのある遊びに使われていたのはニヤリだ。
他にもタンマウォッチで地球の時を止めておくことで、いくら攻撃されてもダメージにはならないという展開。正直、筋書き的にはそれほどのものではない。しかしこれまたタンマウォッチがポケットからずり落ちて時を止める描写が上手い。ただ単にポケットからずり落ちて時を止めるのではなく、道具が作動したことをフォードアウトしていく映像や音だけで描写し、その結果どうなったかを映さない。どうなったのかが分かるのはドラえもんたちが地球に戻ってきてからやっとだ。もちろん『ドラえもん』を良く見てる人は、あの道具がどういう効果をもたらすかを知っているので簡単に予想できるが、知らない人にはどうなったのかはわからない。しかし如雨露のときと同じ様に印象に残るように演出されているので、ここも「ああ、あのときの」と思うことが出来る。(そういえばスネ夫がこの場面で「漫画みたい」と言っていた。スネ夫はこれまでも「これはアニメじゃないんだ」とか「のび太は劇場版になるとかっこいいことを言う」とか迷台詞を発したやつなんだよね。まったくスネ夫らしい台詞です。)

さて、今作では「ドロ虫」という昆虫と、その産卵時期を祭りとして祝う「森の民」という一族が描かれている。私はこの部分も気に入っている。というのもリニューアル前最後の方の映画で、視聴者から応募した生き物やキャラクターを劇中に登場させるものがあったのだが、私はそれがあまり好きではなかった。ああいった生き物やキャラはそりゃあ見た目面白いし、視聴者参加で企画としても面白いかもしれない。でも結局、見た目の面白さだけで終わってしまう。どうしてそういう生き物がこの世界にいるのかが説明できないし、こじつけることも出来ない。『宇宙開拓史』でそういった生き物が出てきたせいで、そういう生き物を出しても平気という認識が生まれてしまっているのかもしれないが、さすがにしつこく出されると『ドラえもん』のSFの部分が好きな私にはうんざりしてしまう。
しかし今作の「ドロ虫」はその生態系の中にファンシー要素はそれほど盛り込まれていなく、なかなかにリアルなもの。しかも「産卵を終えると親は死ぬ」なんてさらりと言われているのも一つの"生き物"としてのリアル感をかもし出していて、それと密接した習慣を持っている森の民も単にそこに居るだけ設定の一族になっていない。


長くなりすぎたので、ここからは気に入った部分を箇条書きで説明。

●キー坊の映画用のデザインが、植物と動物の中間ちょい植物よりとして秀逸。ラフ画の中には口があるバージョンもあったらしいけど、それはなくして正解。
●裏山を削って開発されている現場を見て、スネ夫ひとりだけ冷めた感じで「こんなの当たり前でしょ」と言っておきながら、キー坊をちらりと見て申し訳なさそうな顔をするシーン。良い子のあつまりになりそうな中でスネ夫のこういう一言は視聴者の反感を買いそうなものながらもけっこう重要。でもちゃんと表情の変化で、まったくのひねくれ物でもないことも表現。不器用だよねスネ夫って。
●ズボンがこわれて、すぐずり下がるスネ夫が地味に面白かった。そのズボンを直してもらったナエちゃんに恋心を抱くのも微笑ましい。
●のび太の名前、「野比のび太」が植物を連想させる名前であることを利用して、クライマックスシーンの演出に使った所。さりげに『ぼくの生まれた日』の場面を使っていたのもいい。
●環境破壊のメッセージ部分は「地球人は愚かな行為をしている。これからの努力でなんとかしなければいけない」というもので終わらせると思っていたが、実は植物星側にも隠された愚かな歴史があり、綺麗な部分で汚い部分を隠していたことが地球の未来を暗に示しているのもなかなか。(そういえばここでまたスネ夫の「超汚い」という台詞が光っていた。裏のMVPはスネ夫で決まりです)

箇条書きで済ませたくないのが、今回のヒロイン、リーレの存在。
私がリーレのキャラを気に入った理由は、やっぱり描き方だろう。最初にキー坊を追い掛け回す描写でおてんば系の姫としての印象になる。そして城に帰ったシーンでは、地球から来たのび太達にもそれほど関心をしめさないし、演説ではなんとまぁカンペを使っての演説。つまりリーレはリーレ自身としてキャラが立っているものの、王女としては主義主張がなにひとつない空っぽのお姫さまだったのだ。てっきり今までの映画の敵のように緑のためなら人間根絶やしにしてもかまわない独善系のキャラだと思っていたので驚きである。こんな空っぽだったからこそ、キー坊やのび太達や森の民など自分で見たものに影響を受けてラストに結びついたのだろう。ひねた方から意見が変わるのでなく、ゼロからの成長というのが新鮮であった。

さて、良いところばかりではなんなので悪い部分も。
今回も「またか…」と思ってしまうのが、秘密道具を使えない状況にしてしまう描写だ。たまにあるのだが、こういう道具を使えない状況が上手く物語で働いているのを『ドラビアンナイト』以外で見たことがない。ドラえもんには「あわてるとろくに道具を使えない」というキャラがあるのだから、無理に道具を使えなくする必要があまり感じられないのだ。今作でそれが働いていたのは、せいぜいジャイアンが水をとってくる所ぐらいだろう。他はたとえ道具が使えてもいくらでもピンチに見せることは出来たはずだ。
そして緑の巨人であるが、あれがいったいなんなのか説明不足であり、どうしてキー坊を使うことになったのかもよく分からない。伝説の言葉一つで片付けてられてしまった印象。

他には自分の中でも賛否両論であるのが長老ジィの存在。
長老ジィがあまりにも超常すぎて、科学が入り込む余地がない所があまり好きになれない。私は『ドラえもん』のSF部分が好きなのだ。現実にある事件を科学に絡めて、そこから冒険の舞台を作るのが好きだ。今の科学では出来ないことを空想を絡めて物語にするのが好きなのだ。出来たらいいなの空想が夢なのではなく、空想を科学の力で現実にしたり解明したりするロマンが『ドラえもん』の夢だと思っているのだ。しかし長老ジィがあまりにも大きすぎて科学が入り込めない。「長老ジィはそういう存在」だけで終わってしまうのが不満でしょうがない。(ちなみにそういった中でも最たるものが『ねじ巻き都市』の種まく者。どうしても好きになれない)ついでに三宅祐司さんの声がゲスト声優の中で唯一しっくりこない部分も好きではない。三宅さんの声質では最後の語りかけのシーンで萎えてしまいそうになる。
が、しかし、初登場時から見せ場連発で、インパクトがあるキャラクターは魅力的で、長老ジィそのものは嫌いになることは出来ないし、そのキャラの良さ+存在の偉大さからキー坊が感銘を受けて「長老ジィみたいになりたい」とのび太と分かれることに説得力が生まれてくる。正直、原作では植物星の存在を知ったからといって、そしてキー坊が知識欲が強いからといって、あんなに懐いていたのび太とあっさり分かれるというのには納得しがたいものがあった。しかし長老ジィの存在のおかげで今回はちゃんと納得できた。
そんなわけで長老ジィについては自分の中でも賛否両論なのだ。

ふ〜む。こうしてまとめてみると、今作はオリジナルであるが過去のドラ映画を髣髴とさせるものが多々あったかもしれない。リーレは『ロボット王国』のジャンヌ、森の民は『ふしぎ風使い』の風の民、長老ジィは『ねじ巻都市』の種まくもの…という具合に。もしかしたら今回はオリジナルの形をとりながらも、過去作のオマージュとして設定を作ったのかもしれない。そしてそれぞれの元が私が不満を持ったものであり、それが今作では上手く作り変えられていたから、私はこの作品をここまで気に入ったのかもしれない。

とにかく、こうした「上手い」と感じさせる演出の数々と、魅力あるキャラクターのおかげで最後まで退屈せずに楽しみながら最後まで見れた。だから今作も大満足の「とても良い」。

そしてとどめに、今回もすごく上手いスタッフロールへの入り方。のび太たちがキー坊と別れ家に帰ると、そこには迎えてくれるパパとママ。ママは今回キー坊と仲良くなっているので当然「キー坊ちゃんは?」とのび太に聞くが、のび太は黙って首を振るだけ。ママだってキー坊が何故いないのか知りたいし、自分もさびしいはずなのに、ただ黙ってのび太を迎え入れてくれる…すごくいい。また少し大人になったのび太を、大人であるママがやさしく迎えてあげるのだ。思いっきりママに甘えるのび太が印象的だし、さらにはドラえもんにはパパがついてあげるのも微笑ましい。
そしてのび太が脱いだ靴と、キー坊が残していった片方の靴を映しながらスタッフロール入る。映画を見たあとの余韻がなによりも好きな私にとってこれはもうたまらない。スタッフロールの映像の中にちゃんと赤い如雨露の女の子もいたのもナイスだ。ホクホクしながら映画館を出ましたとも。
2008/03/22 仰る通り、この作品には随所に「上手さ」というものが表れてるんですよね。私は残念ながら好評をつけかねましたが、それでもスタッフの実力は感じられる作品だったと思います。本文を読み終えた今、その「実力」の部分を上手く代弁していただいて、胸の痞えが取れたかのように感じました。 by HUNGRY SPIDER

6. 2008/03/12 とても悪い by HUNGRY SPIDER [編集・削除/削除・改善提案//論客限定表示/これだけ表示or共感/納得コメント投稿]
評価履歴[良い:167(41%) 普通:65(16%) 悪い:172(43%) 推薦人:45 推薦評価:70] / プロバイダー: 3586 ホスト:3737 ブラウザー: 7395
劇場版ドラえもん第28弾にして、新ドラ初のオリジナル映画。有名な短編エピソード「さらばキー坊」が本作の下敷き…なのだけど、この作品に対して自分が抱く感想は、「ヤル気が空回りしている」、そして「悪い予感が遂に的中してしまった」という、残念なものだ。

キー坊が主役のお話ということで、てっきりシリアスな作風になるのかと思っていたが、実際に蓋を開けてみると、かなりのギャグテイスト。B級映画のようなギャグ満載の造り自体は悪いとは思わないのだが、問題は全編を通してそうであるということだ。
のび太とキー坊の日常シーンや、森の民と戯れるシーンなど、「緩」の部分に於いては、それを大いに爆発させても何ら遜色は無い。寧ろ、仄々とした暖かさを少し大袈裟に描いてるのだな、といった感じの微笑ましさを齎してくれる。実際そのような場面では、自分もギャグを媒介として、笑いと暖かさを味わえた。
しかし、突如として異世界に放り出された時、植物星人との戦争が勃発しかけた時、キー坊を救う時など、「急」の部分にも笑いを持ち込むのはいけないだろう。画面越しに伝わってくるはずの「危機感」「焦燥感」などを殺ぎ、物語の重みに裏打ちされた「感慨」を無き物としてしまうから。平たい言葉を使えば、「ふざけてる場合じゃないだろっ!!」といったところだが、本作では幾つそのような箇所があったことか。
短編ドラのような日常系の作品ならば、作風を一貫するのは重要なことだが、本作のような物語の起伏が否応なしについて回る冒険系の作品では、それではいけないのだ。緩急のメリハリがなくなり、そのことで臨場感も大幅に削られてしまう。本作はそれを悪い意味で体現してしまっていた。

さて、短編版の「さらばキー坊」は本来、自然保護を示唆する意味合いも含まれる作品だったので、同エピソードを下敷きとした本作でそれをテーマとして打ち出すのは決して悪いことではないが…この点に関しては、「説教臭さもあざとさも然程ではないけれど、ちっとも胸に響かない」というのが、自分の感想だ。
何故、胸に響かないのかと言うと、伝え方がよくないからだ。
いや、テーマを語る人物の位置づけは肯定できる。「長老」は星と共に生まれたのだったら、作中の誰よりも理を理解していて当然だし、「森の民の子供たち」は都市部と隔絶された文化の中で、長老の話を常識として植えつけられているというのも、至極自然なことだと言える。
だけど、不味いのはその語り部と語り方…映画として最も肝心なところなのだ。子供たちが御伽噺のように、緑の星の歴史を語る場面があったが、そこでは正直言って学芸会の劇のナレーションでも聞かされてるかのような錯覚が纏わり付く。一方、長老が語る部分は、議会の重役(シラーなど)という強烈な主張の持ち主を相手に言ってるのだから、彼とて語気が強くなるのもわかるが、その長老…CVの三宅裕司氏の演技はお世辞にも真に迫ったものとは言い難い為、テーマが潜在的に持っているはずの「重み」が絶望的に足りない。その上、語る時間がかなり長いので、バランスが悪く感じられた。

個人的には、芸能人など本職以外の人をCVに起用することは全否定する程でもないと思っているが、本作を見せられると、その考え方を改める必要があるのかも…と考えざるを得ない。
TV版で、視聴者からCVを選出していたが、これはもう二度とすべきではない。本物の子供たちが演じることで得られる臨場感や、皆でドラえもんを作り上げていることを実感させることで醸し出される親近感を作品に付加させようという狙いなどがあったのかも知れないが、これは自分に言わせると最悪の結果を招いた。森の民には彼らの多くが声を当てているが、あまりの稚拙さ…というか演劇口調に愕然とさせられた。レギュラー陣の皆さんの高い演技力から浮きすぎだ。これがほんの一言喋るエキストラ程度の扱いならば、然程の不快感は抱かずに済んだだろう。けれど実際は、結構な量の台詞が用意されていて、それを延々と聞かされねばならない苛々が募った。キー坊役の子にも、喋れずに鳴き声を発する段階では、「恐竜2006」のピー助と同じように、稚拙ながら微笑ましい、といった感想を抱いたのだが、いざ演説の段になってみると、これまた上述の「学芸会」と同レベルの、「ただ稚拙なだけ」という悪印象を受けた。
一方、有名人の3人については、「二度とするなとは言わないが、役と人選を間違っちゃいけない」と思えた。堀北氏は、キャラ立てが成功していたこともあり、違和感はなし。有田氏は、確かに上手とは言えないものの、脇役程度の扱いのキャラをそつなくこなしていた感があり、否定するレベルだとは感じない。しかし、三宅氏は否が応でも深みを醸し出さねばならない重要な役だっただけに、両者と比べてかなり違和感があった。上述の通り、重みが足りないからだ。
前作「新・魔界大冒険」に起用された有名人の方々からは、「ドラえもんという一大ブランドを背負っている」という気概…前年度の赤字から来る危機感もあったのだろう…が伝わってきて、演技力をカバーするに足るものを感じられたのだが、本作の方々からは殆どそれが見えてこないのが残念なところ。
実は、これこそ自分が抱いていた「悪い予感」の正体だ。芸能人起用で成功することで、芸能人さえ出しておけばいいというナアナアな空気が蔓延するのではないか。本作からは、それを残酷なほどに突きつけられた。何故、「2006」「新・魔界」が作品的に(興行的な意味は含めない)成功したか。それは、物語がCVを喰うくらいに完成されており、CVの方々も技量をカバーする演技を見せたからであって、決して有名人を使ったから、という安直な理由ではないのだ。このことについては、本当に反省してほしい。

こんな意見を抱くということは、「物語を中心とした作品そのものがよくなかった」と暗に言っているようなものだが…CV以外の要素を考えると、「光るものは確かに存在するが、概ね良いとは言い難い」。
全体的に、ジブリ映画や過去のシリーズ作品からの引用(不本意ながら、結構ある「パクリ」すれすれの描写も含まれてしまう…)が顕著に見られる為、元ネタ探しを愉しむ分には、「ワンニャン時空伝」と同類の魅力があるとも言えるのかも知れない。
だが、メインの物語は端折った感が拭えず。上述の視聴者起用の、最も大きな弊害はこれだろう。視聴者に台詞を与える為、肝心要の物語の骨を細くしたようにも見えた。こういうのを「本末転倒」と呼ぶのだろうか。
ただ、キャラ立てというポイントについては、肯定してもいいように思う。レギュラー陣だけを見ても、のび太の芯の強さ、静香の優しさ、スネ夫の肝っ玉の小ささ、ジャイアンの人情といった、大長編ならではの個性づけが上手く為されていたし、ゲストキャラのリーレ姫は、思春期(外見的な判断に過ぎないが、彼女の年齢はのび太たちより2歳ぐらい上だと思われる)にありがちな「思想がないが故の自己嫌悪と葛藤」が見事な程に描かれていた。彼女の行動原理に一貫性がないのは、彼女自身が揺れ動く時期の真っ只中にいるからだ。そのリアリティは、リーレ姫から人間臭さというか、「鼓動」「息吹」を感じられる高さだった。
キャラ立てがこれほど上手いのだから、ポテンシャルはある作品だったのだろう。それだけに、本当に惜しい。

このような感想を持ってる自分には、「とても悪い」としか言えないのが残念です、本当に…でも願わくば、失敗を是非、明日に繋げてください。いみじくも劇中で出来杉くんが言った通り、過ちから学べることは沢山あります。本作が何故、不味くなったのかをじっくり考えて、話題づくりとか何とか奇を衒わないで、物語中心の「作品」として勝負すれば、きっといいものが出来る。今のスタッフの皆さんにはそれだけの力量が確かにあるのですから。その証拠に、前作と前々作であれほどの感動をくれたじゃないですか!!
来年には、きっとリベンジを果たしてくださいね。
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