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小説総合点: 617位/2,382作品中 (総合点3.00/偏差値49.07)
小説1981年総合点: 1位/11作品中
海の史劇(小説)
読み仮名: うみのしげき / 英語タイトル: Umi no Shigeki
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海の史劇 (吉村昭自選作品集) \3,059
[獲得推薦数:1] 2008/04/13 最高! [編集・削除/ この評価を推薦New!]
by 634 評価履歴[良い:1420(50%) 普通:558(20%) 悪い:869(31%)] / プロバイダー: 10475 ホスト:10785 ブラウザー: 6342
吉村昭作品は幕末や戦争時に、戦後の風景というのを良く出すのですが、本作はその中では日本の勝ち戦で名高い日露戦争の姿と、日本海海戦に突入し、大勝利を得るという部分を描いていましたが、それまでの日露戦争ものではあまりにも日本視点が強すぎたせいか、こちらではバルチック艦隊司令のロジェストヴェンスキー少将などをはじめとしたロシア視点にも目が向けられ、海戦史上、これほどに渡る完勝は無いとまで言わしめた日本海海戦と、ロシア側の現状が映し出されています。
当時の日本軍は、まだ太平洋戦争へ突っ走っていく愚行に至るような軍ではなかった部分が安心して読めるのですが、黄海海戦と二百三高地の戦いの部分ではかなり東郷と乃木の作戦の拙さのような部分も出ています。当時も今も軍神となっている感じの東郷平八郎ですが、やはり完璧な人物ではないという面が見えたり、乃木希典中将の軍部の命令による多大な犠牲による大勢の兵士の突撃という面が改めてクローズアップされてみえるような具合です。
そういった視点や距離を置いてみてみると、やはり噂通りなのかそうでないのかという部分も見えてくるし、東郷平八郎の戦争体験と訓練方式を、太平洋戦争まで引きずってしまったような部分には呆れてしまう部分もあるし、乃木希典も話で聞くほど無能な人物ではないのですが、神格化して見るような事は決して良いとはいえないようなシビアさが浮かんでくるように思います。乃木は形はどうあれ、多くの将兵を死なせたのだし、東郷にしても自分の思うことをそのまま昭和の海軍にも引き継がせていったような面があり、その為に日本海軍の頭の固さと柔軟性の欠如のようなものを生んだ背景もありそうな感じがします。
ロシア側視点で見れば、ロジェストヴェンスキー少将は、日本によって劣勢に陥った制海権を守る為にどうやって距離を短縮していくかという部分と、どのように長期間航海の中で兵員の負担を減らせるのかと考えていたり、非常にきめ細かい神経を持った人物であった事が判るし、日本海海戦で一方的に袋叩きにあってしまったように見える戦いの中で不運な要素も多く重なり、決して愚将ではなかったのに、天が味方してくれず、ついていなかったと思える部分が非常に興味深く、戦中派である作者が負け戦の敗者の側の視点に経っている部分がそういった戦いの非情さと、勝利の皮肉さのようなものを映し出しています。
そして戦いなのですが、既に判りきっているように日本海海戦は日本側の大勝利に終わりましたが、この時の日本軍はまだ情けがあったり、ロシア側は「艦と共に沈む事ではなく、生き延びて、次のために」という部分が出ています。それは艦と運命を共にすることを半ば強制されているような感じの日本軍とは対照的ですし、生き残ることの重要さが良く出ていました。日本も当時側の視点で見れば、そういった生き残ることの重要さが良くあり、とても後の太平洋戦争のように「一人十殺」のような短絡思考とやけっぱちのようなものをこの時代では感じることはありませんでした。少なくともこの時点では。
ところが太平洋戦争では、この日露戦争の大勝利の要素にはいろいろと運的なものがあり、勝利の女神は日本側に微笑んだのであって、決してロシアが弱かったのではないし、むしろ、その運に助けられたまぐれ勝ちだったという部分が忘れられていたようだし、本書の戦後処理の部分や、ロジェストヴェンスキー少将の苦闘や、航海中に見舞われたトラブルと不運という視点や側面で考えると、やはり日本が勝てたのは運が大きく作用したのであり、日本が強かったという訳ではないようにも思えてきます。しかし、当時はともかく、昭和になってからはそういった事は忘れられていったと思うし、そして、日中戦争や太平洋戦争での惨憺たる敗北からも伺えるようです。
そんなシビアさの部分が、後の太平洋戦争で日本を焦土に変えてしまったことからも証明されているように思います。まぐれで大国に勝てたという意識が薄れ、日本が神国であると崇拝していったようにも思えるし、当時の大勝利に目が奪われすぎていて、苦闘というものを忘れていたように思えます。
平和ボケという言葉がよく使われますが、平和ボケとは戦争を知らない以外には、こういった戦争に勝てた理由には運の要素と、当時の人達の苦闘と犠牲があってこそという貴重な事を忘れてしまったのであると思います。そういった先人達の多大な犠牲を払い、運にも助けられて・・・・・・という考えや、謙虚な気持ちを忘れてしまい、戦争が愚行であるという事を忘れ、安易に目先の経済優先や国粋という方向に走ったりしてしまうような事こそ、本当の平和ボケではないかという事に気づかされます。
しかし、当事者のうち、ロジェストヴェンスキーは失意のうちに軍を去って寂しく逝去し、乃木希典も大勢の兵士達を死なせたことを悔やんで、妻と二人で寂しく生涯を終え、東郷平八郎も太平洋戦争が始まる10年近く前にこの世を去っていたし、そういった先人達の苦闘と犠牲という事が数十年と月日で忘れられていったように思うと、人間の記憶の風化と、そんな先人達の犠牲を忘れてしまった人間という生物の愚かしさのようなものも見えてきます。
日露戦争題材の小説はこれの他にも多くあるのですが、本作の内容と作者特有のシビアな視点と取材からなる多くの背景や風景が見えてくるし、勝った東郷の方だけではなく、負けたロジェストヴェンスキーの方に見入ってしまうし、本作では負け戦側のロジェストヴェンスキーの方に感情移入してしまったと思います。航海の苦闘と大変さをようやくくぐり抜けたのかと思いきや、戦で負けてしまう無惨で数奇な結果を考えると、日本側が時折ヒールに見えてしまう事もあった位です。
仮装巡洋艦「信濃丸」に見つけられたシーンや、日本軍艦を発見しても深追いしなかった事が結果としてバルチック艦隊に破滅をもたらしてしまうのですが、勝負は時の運の言葉通り、敗北したバルチック艦隊とロジェストヴェンスキーらを責めることはできないようにも思えました。しかし、それでも大勢の乗員が海の藻屑となって消えていった事を思うと、責任は免れないのだし、戦争の非情さの前に全てが決してしまった事がやりきれない気持ちになります。
後に日本が破滅する運命を敗戦国ロシアが明示していたようにも思えるし、そういった意味では本作は、勝利の戦として見られることが多い日露戦争に対する一考を鋭く捉えていたように思えます。
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