「YAMATO」や「火垂るの墓」が過去に正面から挑んだ作品だとすれば、本作は8つの短編を通して未来、とりわけ機械文明に同様のアプローチを試みていると思われる。その意味で個人的に最も価値を感じたのは第2話「The Second Renaissance」だ。これは自分の抱く機械文明への猜疑・恐怖とあまりに一致していて驚いている。機械文明の発達による人間の堕落と、それに反比例するように段々性能が上がり、ついには理性や感性まで手に入れる機械。その対比は非常に痛々しく、「自らの便利さと利潤ばかりを追い求める愚かな生物」としての人間の本質に、本作がいかに迫っているか思い知らされるものだ。 そして、自分は以前より強く実感することになる、機械に飲まれてはならないと(自分が一貫してアンチA.I.を貫いているのは、この思想を持っているからだ)。これは、ドラ映画の「ブリキの迷宮」で真摯に問われていたテーマであるが、そこはドラ映画ということもあるのか「ブリキ」は恐怖感を押さえている感じがした。しかし、本作はそれをよりシビアな形で、より真正面から描いている。第8話「Matriculated」では、「機械の基本は人に使われる道具である」と示されているが、この台詞こそ、本作全ての本質に繋がるのではないかと思えてならない。同エピソードでは人も機械も悲劇的な結末を辿るが、それは人が、前提は道具であるという機械の本質を見誤ったからこその末路ではないか。このエピソードにも、上記のこととは質こそ違うが「人間の愚かさ」が現れているように感じられた。