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帰艦セズ


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読み仮名: きかんせず / 英語タイトル: Kikansezu

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2007/09/17 良い [編集・削除/削除・改善提案/論客限定表示/]
by 634 評価履歴[良い:1430(50%) 普通:563(20%) 悪い:872(30%)] / プロバイダー: 11695 ホスト:11961 ブラウザー: 5234
北海道の小樽が舞台の物語です。
ここで、一隻の二等巡洋艦「阿武隈」に乗っていた兵士が、上陸したことで起こった悲劇を描いたものでした。

阿武隈は太平洋戦史の中でも名高いキスカの撤退作戦時の旗艦で、木村少将がこの艦で指揮を執っていました。1944年のレイテ沖海戦で沈むまで活躍し、そうしたことからもとても有名な艦でした。
その艦の乗組員が一時の骨休めの為に小樽に寄った後、上陸して出向間近の時に弁当箱を忘れてしまい、それを探しに行って結局は見つからなかったのでした。

そのまま艦は出てしまいましたが、兵士はその後、軍に戻ることは出来ず、そのまま寒い北海道の山中で餓死してしまいます。餓死というのは悲惨で、もしかしたら、弾に当たって死んだ方が遙かに楽かも知れません。そういう意味では救われない話です。

なぜ、弁当箱を忘れてしまい、それを取ってこれなかったという理由で一人の兵士が死ななければならなかったのか?それは当時の軍の空気によるものが大きかったといえます。
大日本帝国の軍人として、たるみは許されず、常に直立不動でいろという具合にされてしまったし、軍からは情報を水一滴でも漏らすようなことは絶対に許さないというようなムードを出していました。そんな具合だし、ついうっかりということを決して許そうとはしないほどに当時の軍部は下層兵にも厳しい厳罰を課すようにしていました。

阿武隈が軽巡洋艦ではなく、当時は軍艦として認められていなかった駆逐艦だったらば、こういった兵士のうっかりミスもまだ許されたかも知れませんが、巡洋艦は軍艦であり、しかも天皇家の象徴である菊の紋章を艦首に持ち、「恐れ多くも陛下から賜った艦の名誉を傷つけることは絶対にゆるさん」という具合に、締め付けや圧力が厳しかったのです。

当時、軍艦とされていたのは戦艦、空母、巡洋艦だったので、これらの艦は厳重な上下関係で支配され、下層の者への締め付けや陰湿な虐めも多かったと言います(特に、戦艦「武蔵」と「山城」は「鬼の山城、蛇の武蔵」と言われるほどに、新兵達からは非常に恐れられた。)。そういった事が苛烈であり、一人の兵士を死へと追いやってしまった軍隊の歪さと、当時の世情が読み取れます。

小樽は今でも海上自衛隊や米海軍の軍艦の入港も盛んな場所になっています。そして、そういったものへの抗議活動が盛んな地域ですが、昔、こんな事件があったことは忘れられているようにも思います。

今の平和な時代と、戦争に走っていた時代という部分を見比べる上でも、重要な作品だと言えるかも知れません。

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