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陰日向に咲く


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読み仮名: かげひなたにさく / 英語タイトル: Kage Hinata Ni Saku
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漫画:陰日向に咲く / 小説:陰日向に咲く

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2008/03/10 最悪 [編集・削除/削除・改善提案/論客限定表示/]
by 羽幌炭鉱 評価履歴[良い:770(45%) 普通:468(27%) 悪い:476(28%)] / プロバイダー: 15168 ホスト:14912 ブラウザー: 4487
原作が良く出来ていても脚本、構成、演出がダメだと救えないほど酷くなる一例。悪い意味で「別物」であり、別の意味で原作を読まなくても支障ない作品に仕上がった。というよりか、原作を読んでからだと観れた物ではないシロモノというのが正直なところなのだが。

原作は五本の短編で構成されたもので、いずれも何処か情けなくて悲しくて泥臭いものの何処か清清しくて可笑しくてざっくばらんとした絶妙さがあったが、こちらの方では泥臭いものを排除した割には悲しく情けない部分を強調しすぎて、暗く湿っぽい仕上がりになっている。

話としても短編を一つにまとめようとしたものの纏め切れず、V6岡田演じるパチンコ狂いの青年・シンヤを主人公にした話を主軸に三浦友和演じるホームレス志願のエリートサラリーマン・リョウタロウと西田敏行演じるカリスマホームレス・モーゼの話、さらに過去の浅草を舞台にした鳥取出身の鳴子とお笑い芸人・プードル雷太を主人公にした話を鳴子の娘・寿子と言う映画オリジナルの登場人物をシンヤと絡めることで一つにした「本編」と売れないアイドルみゃーこを一途に応援するオタク青年ゆうすけ(彼の名前は映画に採用されなかった作品の登場人物からつけられたと推測される)を主人公にした「番外編」が全く絡みもせずに同時進行と言う形に構成してお茶を濁している有様。「本編」内ではそこそこ登場人物につながりと言うのは感じられるのだが、それらは半分は映画オリジナルの強引な構成によるものであり、原作にあったさりげないながらも強い影響を与えるひねりの効いたものではない。また、話そのものも原作とかなり異なるものがあり、「番外編」の話に至っては原作と逆の終わり方になっている。もっとも「番外編」はこの映画の中では綺麗にかつ後味の良い物に仕上がっており、暗く湿っぽくつまらない「本編」よりはずっとマシになっているのが返って救えない。これにあざとく泣かせようとするせりふや演出、狙ったかのように笑いを取ろうとしているシーンとか組み込んでいるのだが、全く効果なし。

登場人物に関しては、全く問題のない「番外編」と比較して、「本編」のそれは非常に印象悪いものになっている。
映画では主人公になっているパチンコ狂いの男はシンヤという名前が与えられているが、パチンコだけでなく競馬にまで手を出した多重債務者で、平気でオレオレ詐欺に手を出すどうしようもないが何処か清清しい原作の彼に対し、映画の方の「シンヤ」は家族間の確執を背景にしているとはいえ、パチンコに狂って多額の借金を背負い、返済に協力してくれた会社の上司や同僚を平気で裏切る様な奴には、借金取りに無理強いさせられたとはいえオレオレ詐欺をさせられようとも「自業自得のどうしようもない奴」としか感じられない。家族間の確執とか借金取りからの無理強いと言う要素は「シンヤ」に対しての同情の余地として組み込まれているのだろうが、かえって逆効果である。これならば家族間の確執で何もかもいやになってホームレスになろうとしてなりきれないままという「シンヤ」の父親「リョウタロウ」がまだまだマシに見えてくる(とはいえ、リョウタロウのそれはホームレス"ごっこ"であり、ホームレスたちからすれば噴飯物の裏切り行為だが)。
それ以上に印象が悪化してしまったのはカリスマホームレスのモーゼと、彼のかつての姿である芸人・プードル雷太である。実は彼(モーゼ=雷太)は原作とそんなに変わりないのだが、映画の話の流れで原作以上に印象が悪化している。まず、モーゼのときはプロ野球選手の生き別れの父親に成りすます行為をしてそれを信じてしまったリョウタロウを結果的に裏切るのだが、原作ではホームレス志願のサラリーマン(勿論、パチンコ狂いの父親ではない)はホームレスをきっぱりやめようとした時にそれを知り、やはりモーゼは大ぼら吹きだと呆れて笑って終わると言う感じのサバサバとしたものだったのに対し、こちらの方ではモーゼを信じていたリョウタロウを失望させてしまうと言うものになっており、印象は悪い。これだけではなく、モーゼは寿子に対し、母・鳴子に対して思っていることを述べているときも寿子を一時的に失望させており、本当にどうしようもない人物へと描かれてしまっている。さらに雷太の頃に至っては、原作では鳴子と雷太の双方の視点で描かれた話には双方のズレと言うのがもどかしくも面白く作用していたのだが、映画の方では鳴子(寿子からの語りも含む)からの視点が強くなりすぎており、雷太は才能も無いくせにロクに努力もしないうえに鳴子に苦労だけかけた上に逃げている駄目人間と言うろくでなしに成り果てている。原作では、雷太は確かに才能もないし芸人になろうと言う意思も根性も半端ではあるけれど、思いを抱いているダンサーのジュピター小鳥に対して非常に一途であり、芸のためにはどくっけのあるネタをやりきれない気の優しさが見事に描かれていて、情けないけど悪い奴じゃないし憎めないキャラだった。モーゼも、大ぼら吹きではあるけれど面倒見が良く実は意外と誠実であるなど、複雑ではあるけど魅力的な人物である。こういう魅力的な面々をタダタダどうしようもない連中に悪化させてまで話を纏められなかったあたり、本当に許しがたい。雷太の憧れの存在のジュピター小鳥は原作の方がずっと良い。映画の彼女は本当に舞台装置として存在するだけ。オリジナルキャラの寿子は話を一つに纏めるために作られただけの存在で、実のところ存在が不自然であり、さらに白々しいせりふの多さで、どうにかしてほしい存在だった。

暗く湿っぽいストーリーに劣化した登場人物である上に、落としどころも非常に凡庸。シンヤとリョウタロウの和解は不可解だし、モーゼは最後にホームレスに戻っていく話は「こいつはわかっているのか」と思わせる。詐欺で引き出した50万円を前に何も言わない弁護士(にはみえない)寿子が何もしていないのは不自然。終いにはシンヤと老婆が本当に親子なのかと誤解する人まで出てくる始末であり、本当に解かりにくいストーリーに仕立て上げたものだと感心してしまう。

演じている役者…いや、役者の演技くらいしかマシなのはないかも知れない。サラリーマン・リョウタロウを演じた三浦友和やモーゼを演じた西田敏行の演技は別格であるし、宮崎あおいも鳴子のときの演技は本当に良かった。シンヤ役のV6岡田だが、現役ジャニーズアイドルの彼がシンヤを演じたために、設定を色々と中和させたとしか思えない。無論コレは製作サイドからの岡田のイメージを悪化させないようにとの配慮なのだろうけど、なんなら配役をオファーするなと言いたくなる。彼の能力ならきっと原作の清清しいまでの駄目人間を演じてくれそうな分、残念。ジュピター小鳥は映画版のおとなし過ぎるジュピターに関しては緒川たまきでもよいのだろう。みゃーことゆうすけも普通に良いといえる。

総じて言えば、原作の持ち味を活かすことなく、かといって映画としての独自の持ち味を出すことも出来ずにグダグダになっただけの駄作。なまじ役者の演技が良い分、原作を読んだ後にこれを観ると非常につらい気分になる。実際に私がそうだった…。

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